1B. おつかれバーテンダー

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『トモさんって、なんか困らせたくなっちゃうんだよねぇ』  そういう客は、ミナミさんの他にも何人もいた。  それは女子大生のときもあれば、サラリーマン風の男のときもある。智浩の人気は男女を問わなかった。  彼自身、別に特別顔が良いわけではない。体格もごくごく一般的だ。  むしろそれが良いのだろう、とは南陽の談である。智浩の気さくで親しみやすい雰囲気。バーテンダーとしての「傾聴」というポジション。それらが悪魔的な融合をして、孤独な人々を惹きつけるのだ、そうだ。  だがそれだけなら別に南陽だって変わらない。彼だって気さくだし、話の聞き方がうまい。なのになぜ智浩だけがこんなに面倒な客にモテるのか。 「楠、笑顔にちょっと影があるしなぁ」 「影ですか」 「ほら。昔クスリやってたでしょ」  人聞きの悪いことを。別に違法薬物に手を出していたわけではない。飲んでいたのは抗うつ剤や抗不安薬、睡眠薬だ。智浩は数年前まで精神科通いをしていた。  それをこうして冗談交じりでネタにしてくるのは南陽ぐらいだし、彼なりの励ましでもあった。 「昔から、精神的に参ってる男はモテるんだよ。太宰とかさ、」  そいうものなんだろうか。納得しきれないまま、客席側の清掃を終えた。
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