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――陽一さん、放っとくと多分、壊れるよ。
あの人には、トモが必要だよ。
淳のあの言葉。
それは予感というよりも、予言に近いのかもしれない。
あの晩、陽一を抱いた理由はそこにあった。
彼は壊れる。だからその心に、先にひびを入れておいたのだ。
早く壊れるように。
壊れたら、自分のもとに帰ってくるように。
もちろん淳自身は、もっと別の意味で言ったに違いない。だが智浩にはどうしても、それがとても陰惨な予言にしか思えなかった。
ふと、窓の外でゴロゴロという雷の低い音がして、建付けの悪い部屋が揺れはじめる。
光すら見えなかったのに、落ちた音だけはどこまでも広がる。どこに落ちたのだろう。そんなことを考えながら、昼食の準備をしにキッチンに向かった。
ポケットで携帯が鳴る。着信だった。
画面を見た瞬間、その予感が正しかったことをはっきりと理解した。
『……智浩さん、』
久しぶりに聞いた彼の声は、小さく、弱々しかった。
「陽一くん。どうしたの、」
彼は昨日、一人になったことを簡潔に語った。そして、
『会いませんか』
と言った。
ようやくだ、と思った。
ようやくここに、落ちてきた。
智浩は穏やかな声で彼を慰め、電話を切った。
陽一は帰ってくる。一年ぶりに。自分がそう仕向けたのだ。
雨は降り止まない。部屋には灰色の陰が満ちている。智浩は込み上げてくる薄ら暗い幸福感を噛み締めながら、昼食の準備を進めた。
(終)
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