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 「しかし、このことがどうしてU-514に繋がるかもしれないとあの人は思ったんだ」  低く地を這うような燈馬の呟きに、一平の肩に手を回したまま聡が顔を上げた。  「そんなこと言ってたっけ」  いや、と燈馬は首を振った。  「直接は言ってませんでしたが…あの口ぶりは、一平のこの事情を分かった上での指示だったように俺には思えます」  背もたれに寄りかかった律がにんまりと笑う。  「確かに。一平の反応も全部想定の内、って顔してましたね」  「じゃあ…鳴海さんは、U-514に一平くんの妹さんが関係してると思ってるってこと?」  まさかという顔をしてみゆきが律を見る。律は首を傾げてはいたが、目はそうだと言うように彼女に向けられていた。ふたりのやり取りを黙って聞いていた燈馬は、不意に口を中途半端に開いたかと思うと、何を思ったかその口をすぐ閉じてしまった。彼の言いたかったことは自身の予想と同じだろう、と感じた聡がそんな燈馬を見つめていた。  燈馬は鳴海の思惑を推測するような終わりのない思考を止め、次の調査について考えていた。その過程で、一つの心配事が燈馬の頭にぽっと浮かんだ。眉間に力を入れたまま、燈馬はいつからか自身を見ていた聡に視線を投げかけた。  「聡さんは…もう降ろせますか」  燈馬の問いに、聡はあーと言いながら天井を向いた。口を開けたまま止まっていたかと思うと、にわかに顔を燈馬の方へ戻した。  「分からん!五年くらいブランクあるし…できるかどうか…」  そう言いながら、聡は視線を徐々に律に向けていった。気付いた律は、目をまん丸にさせる。  「いやいや、俺じゃないでしょう!だって聡さん、俺が融合しちゃった場合の対処法知らないじゃないすか」  あ、と聡は間抜けた表情で口を開いた。律がわざとらしく呆れたような顔をして、燈馬を見た。  「マルさんの考えでいいと思いますよ。聡さんに降ろしてもらって俺がフォローに回る形で」  しくしく、と口で言いながら聡は一平に頬を擦り寄せた。彼の伸びかけの髭のくすぐったさに、一平は表情を緩めた。聡はそんな彼を見て少し安心し、一平が痛いというまで懲りずに彼の頬を擦っていた。  「みゆきはどうだ、行くか」  燈馬に問われたみゆきは、少し考えて首を横に振った。  「現場に行きたいのはやまやまですが、万が一に備えてここで待機しています。…私にそう訊くってことは、マルさん、他にやることがあるんでしょうし」  燈馬はゆっくり頷くと、一平を見て言った。  「そしたら、今回の調査には、一平と聡さんと律に行ってもらうことにする。…一平、明日あたり行けそうか」  話を振られた一平は、目を見開いた。  「はい、でも、明日じゃなくても、今からでも自分は行けますが…聡さんと律さんさえよければ」  全員の目が、きょとんとした一平の顔に向けられる。表情を見る限り、一平はいつも通りに戻っているように見える。切り替えが早い、と言えば聞こえはいいが、この切り替えの早さにあまりいいものを見てこなかった彼らは、空気だけで目配せをした。全員の「視線」は、最終決定権のある燈馬に集まっていた。  「…そうか、分かった。じゃあ今から特調に連絡を入れる。三人はいつでも出られる準備をしておいてくれ」  燈馬はテーブルに手を付いて立ち上がった。腰を浮かした彼は、同じく準備のため席を立った一平を呼び止める。  「一平、耳に胼胝ができているかもしれないが…無理は絶対にするな。もし無理ならそうと言え。いいな」  一平はしっかりと頷いて返事をした。耳に胼胝ができているのはその通りだが、燈馬からの気持ちは何度受け取っても重たくなることはなかった。  「一平」  背後から声を掛けられた一平は、振り返りざまに自身の方へ何かが弓なりに飛んでくるのを見た。咄嗟に受け取った「何か」は、律が作ってくれた晩襲だった。軟らかいはずの晩襲を下投げとはいえ投げて渡してきた彼に、一平は驚いて目を見開いた。そんな彼の顔を見て、歩み寄りながら律が笑う。  「一平じゃなきゃ投げてないよ」  口調は軽いが、言葉に軽さはなかった。一平はその言葉と、律なりの心遣いをしっかり受け取って笑い返した。律は一平の肩を叩くと、備品庫に行く旨を伝えた。はい、と言って、一平は律の背中を追って部屋を後にした。  一方、早速新しい蜻蛉と一緒に出かけられる喜びを満面に露わにした聡は、白い紐を使って刀を背中にかついだ。  「どう、どう」  パソコンを開いたみゆきに、まるでぴかぴかのランドセルを買ってもらった年長児のようにくるくると回ってかついだ蜻蛉を見せびらかす。みゆきは画面から顔を上げ、にこにこする聡に微笑んだ。  「よくお似合いですよ」「やっぱりー」  褒められて上機嫌になった聡は、特調と電話をしている燈馬の後ろで彼らの会話が終わるのをうずうずしながら待った。  「…はい、分かりました。では十分後、地下駐車場に着くよう三人に伝えます。…はい、こちらこそよろしくお願いします。…失礼します」  一、二拍置いて内線を切った燈馬は、少し前から背中にずっと感じていた視線の方を向いた。そこに立っていた聡に連絡事項を伝えようとしたが、彼が口を開いたのを見て燈馬は一旦黙った。  「どう、ね、似合ってる」  燈馬はフッと笑った。  「当たり前じゃないですか。男前はどんな格好でも様になりますから」  うふふ、と肩を上下させる聡に、燈馬は真剣な表情になって言った。  「十分後、地下駐車場に集合です。車両は特調の方で用意してくださるみたいですから、聡さんたちは必要なものだけ持って行ってください」  聡は口をきゅっと引き結ぶようにして微笑み、大きく頷いた。  「分かった。特調は誰が来てくれるの?楊さん?」  いや、と燈馬は首を振った。  「楊さんはお忙しいらしく行けないとのことでした。迫田さんと松原さんと、あと河頭(こがしら)さんが来るそうです」  面子を聞いた聡がにやりとする。  「へへ、『不発弾』の幸一(こういち)ね。楊さんいないで大丈夫かあ、あいつ」  久しぶりに聞いた迫田の二つ名に、燈馬の右頬が変な引き攣り方をした。  「聡さんがいるなら大丈夫でしょう」  聡は唇を突き出す。  「俺が降ろしてるときに『爆発』したら何もできんもん」  「じゃあ、そのときはそのときですね」「薄情者おー」  ふたりがやんやと言い合っていると、律と一平が備品庫から戻ってきた。律の肩には、訓練で使う聡のユスの木の棒が担がれていた。それを見た聡が、あからさまに嫌そうな顔をする。そんな彼の表情に、律が大口を開けて笑った。  「しゃーなしですよ。だって聡さん、融合しちゃったらこれで叩かないと戻ってこないじゃないすか」  律から一切の事情を聞いた一平は、彼が融合しないことを願うばかりだった。律によれば、万が一の場合はこの木の棒を使って聡の背中を全力で叩く必要があるらしいのだ。一平は考えただけで顔を顰めてしまった。  燈馬が改めてふたりに必要事項を伝えると、律は手を叩いて喜んだ。  「頼もしすぎる面子ですね」  河頭という名は初めて聞いたが、一平も迫田と松原の名前を聞いてひとまず安心した。  「鳴海統括長の指示とはいえ、形式上は俺たちと特調が独断で赴いていることになっているから、この間のような本部との迅速な連携はできない。俺もすぐ対応できるようにはしておくが、何かあったら必ずみゆきに連絡を入れてくれ」  燈馬は一平にも分かるよう、詳細に忠告した。三人は了解して、後ろでパソコンを弄るみゆきに目配せした。彼女は彼らを見て、こくりと黙って頷いた。  「んじゃ、行こうか」  聡を見上げ、律と一平は頷いた。  「気を付けて」  燈馬は言い、一平の背中を軽く叩いた。扉の方を向いていた一平は、彼を振り返ってしっかりと頷いた。
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