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11 私たちは幸せです
「ふぁっ!? あいつッ、まだ姿を現したんですかッ!?」
「あれで最後よ。それよりも、あなた、本当におめでとう」
私は怒りで真っ赤になっているメリザンドを抱きしめた。
実は、私が正式に婚約したから安心という取って付けたような理由で、メリザンドはいくつかの外出に同行しなかった。
彼女は忙しかったのだ。
フェドー伯爵家で行ったほうの婚約発表にて、フェドー伯爵の友人の友人、の、息子という殿方に求婚されていたから。彼はハネル伯爵の孫にあたる子爵令息であり、メリザンドより2才年下だったけれど、熱烈だった。
「わっ、私は絶対にお嬢様から離れませんよッ!?」
と、一度は断ったメリザンド。
そこへロイクが、
「いや、あいついい奴だよ」
と背中を押した。幼い頃から面識はあるらしい。
こうして若き子爵令息ドーグ・ヘードストレームはメリザンドの心を射止めたのだ。
ロイクは街にほど近い丘の上に屋敷を建て、正式に爵位を継承するまでの間、そこを私たちの住処とすると決めていた。時代の流れを読むに、より近くで領民の暮らしに関心を持つほうがいいと。
私としては、長閑な丘も素敵だし、美味しい焼き菓子がどこでも食べられそうなので、わくわくした。
「私たち、これからは本当に、お友達になるのよ」
「ばぁっ! ……かな事を仰っちゃいけませんよ、お嬢様」
「いずれ伯爵夫人になる者同士、貴婦人とはなんたるかを学びましょう。甘いお菓子と美味しいお茶をいただきながら」
「おじょ」
「お互いがんばって良き女主になりましょう」
「……」
「あなたは大切な人で、あなたには自分の幸せを掴んでほしいの。ずっと一緒にいたかったけれど、そうはいかないわ。私、大人になったから。大好きよ、メリザンド。ずっと愛しているわ」
「おぅ、おっおぅっ、お嬢様ぁ~……っ」
「フランシーヌよ」
「フ、ランっ、シーッヌ……しゃまぁ~……ッ」
涙ながらに抱擁を交わしたものだ。
ヘードストレーム子爵家は丘の屋敷の近くに若き夫妻の家を建て、私たちの長い友好の助けとなってくれるそうだ。そしてメリザンドの希望を全面的に叶え、私が結婚して暮らしが落ち着くまではメリザンドを尊重し待ってくれるという。
メリザンドは、子爵家に生まれた。
シャサーヌ伯爵家の家庭教師になる前は、夢見ていたはずだ。運命の相手が迎えに来てくれるハッピーエンドを。彼女は次第にその封印した乙女心を思い出していくだろう。
お互いに女として幸せな人生を築き上げていく様子を見守りあえるのは、私たちにとって、とても良い事だと思えた。
さて、私の結婚式が迫っている。
メリザンドが自分の事も忘れて準備に奔走し、ロイクと兄たちがついつい遊び始めてしまい、父は家族間の事では権威を失い、母だけが私と一緒にゆったりと座って幸せとパイを噛み締めている。
「甘すぎるとは思いませんよ」
母がそっと、声を発した。
それから優しい眼差しで私を見つめたままこちらに手を伸ばし、指先で唇の下に触れる。クリームかパイの欠片がついていたのだろう。
私は、母が幸せである事を知っていた。
愛されている事、愛の中で生きているという事、そしてそれを疑う必要がないという事を、意図せずに教えてくれた。
「もっと甘くても構いません」
母が目を細める。
そう。幸せは享受するもの。
ふいに騒がしくなってロイクと兄たちが合流し、パイを摘まんで、ヘードストレーム子爵令息の到着を告げた。今忙しいのよ、なんて言って追い返すかもしれないと思うと、ついつい笑ってしまう。
ほら、愛はいつもここにある。
私たちは甘く甘く、包まれている。
(終)
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