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10 彼方の人
オリガの丁寧で完璧な謝罪を聞いてから、私はそっと切り出した。
「その……彼女は、どうしていますか?」
「……」
表情を崩さずにオリガは一瞬黙り込み、聡明な美しい瞳を私に据えた。
それだけで、吸い込まれそうなほど強く、澄み渡った神々しい瞳。
「母が看ています。こちらには参りませんので、ご安心ください」
最初、夫のパールは同席を嫌がっていた。
けれど上級使用人の服装をさせたテューネを護衛につける事で、私たちは夫婦そろってオリガと対峙するに至ったのだ。
テューネは、例の牛をも倒す剛腕のミルクメイド。あの時は余裕がなかったけれど、落ち着いて見あげると(彼女は大柄)赤毛で鋭い切れ長の目をした美しい少女だった。
「レディ・オリガ。今回の件について、あなたの誠実な対応には感服いたしました。この大金は資金として遠慮なく受け取ります」
「なんなりとお使い下さい。なにか御計画がおありでしたら、お詫びの意味も込めて協力させて頂きます」
「そこまでして血の繋がらない妹君を守るのはなぜなんです?」
「家族の問題です。お気遣いなく」
「立派な使命感だ」
「……」
パールが容赦なく詰め寄り、オリガが沈黙を挟んだ。
聡明な瞳が一瞬だけ卓上に据えられ、再びあげられた時、彼女は別人になっていた。美しい容姿はもちろんそのまま。けれど、テューネの10倍は鋭い、油断のならない眼差し。まるで敵を前にした騎士のような、それでいて気高い王子のような、王女のような……
「なにを知っているのです?」
「なにとは?」
「フレイヤについて」
彼女の強さは、女性らしい愛情からのものとは思えない。
パールの言う通り、使命感による強さだ。オリガは誇り高く、気高く、そして抗い難いほど美しく、謎めいている。
「こういう顔の男と結婚するはずだった、とか」
「……」
「想像です。誰でも思いつく。それともすべて妹君の妄想ですか? あなたは生まれつきの性格のように仰ったが、それだけ感情的なうら若き乙女が愛する男との仲を引き裂かれたら、壊れてしまうのも当然だ」
「仰る通り、伯爵の想像です」
「気を悪くされたとしても妻ほどではないでしょう」
「理由が知りたいとお思いになるそのお気持ちは尤もです。お聞かせください。事実と違う点をお伝えさせて頂けましたら、奥様の心労もわずかですが和らぐかもしれません」
伯爵である夫と渡り合う姿は、ほとんど女伯爵。
気迫が、令嬢という身分を超越している。
この輝きは、彼女の隠された血筋によるもの。それ以外に考えられない。
亡きパルムクランツ伯爵は、自身の結婚に伴い私生児であるオリガを養女として引き取った。オリガの母親が、誰と愛しあったのか、知っていたから……?
「では遠慮なく。あなたがそこまでして守らなければならない妹君をわざわざ公の場に連れ出したのは、その男を探すためでは? そんなに似ていますか?」
「さあ。伯爵の、想像の人物ですから。わかりません」
既に高齢だった亡きパルムクランツ伯爵は、禁じられた若き恋人たちを逃がすなんて大仕事に、なぜ、乗り出したのだろう。
頓挫する可能性のほうが高かったはず。
だから、オリガがその意思を引き継いでくれると確信していた。
なぜ……
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