109人が本棚に入れています
本棚に追加
ふたりの会話を私は目で追いながら聞いている。テューネは徐々に下がりながら、私と同じよう注意深く会話を追っている。もしもの時の事を考えれば、テューネには状況を把握してもらっていたほうがいい。
「妻の空想じゃなく、あなたが悪乗りしているわけでもないなら、フレイヤの出産が最優先になるはずだ。あなたは正気でない身重の妹の世話をしながら、相手の修道士を探し教皇庁を欺く自信がありますか? ひとりで」
「そこに善良で頑固なメランデル伯爵夫妻が加わりましたので、こちらが蒔いた種とは言え……」
テューネがなにか言いたそうな真剣な目で私を見つめているのに気付いた。
私は席を立ち、彼女を壁際に呼んで尋ねた。
「どうしたの?」
「奥様……あの魔女、産んでしまえば治るかもしれません」
え?
「……どういう事? あと、フレイヤは魔女じゃないのよ」
「申し訳ありません。私、物心ついた頃から牛の出産に立ち会っていたのですが、種付け直後に嵐が来た年は錯乱した牝牛がいて、殺したくなかったので隔離して世話をしたんです。そうしたらその牝牛は出産直後にケロッとして、元に戻ったんです」
「テューネ……」
フレイヤは、牛じゃないのよ。
「しつこいですね、伯爵。ここまできてあなたを焦らす意味がありますか? 本当にわからないのです。養父は死に、妹は今あなたという夢を見ている」
オリガの声に苛立ちが混じり始めた。
テューネの腕に触れてから、私は席に戻った。
「フレイヤが錯乱したのは何度も危機に晒されたからよ。産んだら夢から醒めるかも。逃亡の案は却下されてしまったけれど、レディ・オリガがお世話に専念できるよう私たちが修道士を探すのはどう? パール」
フレイヤが身動きとれないというのであれば、脅威ではなくなる。
そして正気に戻ってくれるなら、それに越した事はない。
「御親切なお申し出をうけるかどうかは別として、あらゆる意味で強くて信用のおける産婆を探さなくては」
深刻さを滲ませるようになったオリガの口調からして、私の空想は的を射ているのだろう。特殊な状況下とフレイヤから逃げ出さず秘密が守れる──
「……」
私はテューネを見つめた。
テューネは切れ長の目に誇りと歓喜を煌めかせ、口角をあげた。
最初のコメントを投稿しよう!