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5 いやがらせ
私はいつも通り、穏やかな朝を迎えた。
そして夫パールと朝食をとり、彼は執事と執務室へ、私はメイド長に会いに大階段の下の小部屋へ向かった。女主として、使用人を取りまとめるのは大切な仕事。でも実のところ、物心ついた頃から悪戯に付き合わせてしまっていたメイド長マリサには、私が奥様として育成されているような感じ。
「おはよう、マリサ。今日もいい天気ね」
「ヴェロニカ様……」
「ん? どうしたの? 具合でも悪い?」
マリサももうすぐ還暦なので、渋い顔で歯切れの悪い物言いをされると、単純に心配になる。
「いえ。私は元気なんですけれどね」
「ならよかったけど。なにか問題が?」
メランデル伯爵家は、先代のメランデル伯爵夫妻つまりパールの両親、私からするとずっとおじ様おば様と呼んで育った義両親が楽隠居しての現在なので、基本的に気楽で平和な人々が集まっている。
メランデル伯領は他と比べればこじんまりとしているけれど、肥沃な土地で農民も元気に働き、ちょっと行けば交易が盛んな私の故郷エーケダール伯領があるから、身分を問わず暮らしやすい土地だ。
もちろん、交通の便がよい。
どうも、それが災いしたようだった。
「今朝、門のところに捨てられていたんです。これ見よがしに。ヨーナスに始末してもらいましたけど」
「なにがあったの?」
門番のヨーナスが始末したもの。
それは……
「臓物です」
「はい?」
臓物?
「庭師はウサギ、ミルクメイドはネコかタヌキ、料理長はこどものイノシシと言っています。いずれにしても、小さい動物ですね」
「……」
「お気持ちは尤もです。そこで死んだんじゃなく、わざわざ誰かが置いたんですよ。ヨーナスの目を盗んで、スッと来てサッと。それはもうキレイな状態だったそうです。手練れの仕業と、意見が一致しています」
「……あなたは、見てないの?」
「私が見に下りた時にはもう煙をあげて燃えてました」
「そう」
「メイドの何人かは『魔女の呪いだ』なんて取り乱してしまって、私としてはそっちのほうが大変でしたよ。だけどメランデルの領民がパール様やヴェロニカ様を恨んでいるはずないし、気が違っちゃったんですかねぇ」
「……パールに調べてもらうわ」
「うぅ~ん……代替わりが不満っていっても、いやがらせされるほどの事じゃないですしねぇ。そのために先代の御主人様は、パール様を幼い頃から町や野に放って遊ばせたわけですし」
「そうよね」
毛穴がバッと開き、冷や汗がぶわっと噴き出した。
手が震える。息が乱れる。心臓はドクッドクッと大きめに脈を刻む。
いやがらせか、脅しか。
いずれにしても、心当たりはある。
「……困ったわ」
まずい。
絶対フレイヤだ。
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