織姫と雨乞い

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と思ったけど綿、あんまり何もない。 綿花の栽培が室町時代以降で広まったのは江戸時代だそうです 綿 神社    で検索すれば (綿神社は八幡神社とされていた時代もあるそうです) 綿津見、海つみで 海の神がまず出てきます 愛知県西尾市にある天竹神社は綿花が伝わったのは崑崙人/天竺から来た人が持ってきたから、とまつってあるそうです。 新波陀神 にいはた神。 棉祖祭というのがありました。 棉(わた)だそうです。 はたおり→わた→はた 堂々巡り。 八幡、秦氏 というのはありうるかなと思ったのですが、今私が調べているラインでは出てこないので太秦はひとまず置いておくとして。 あと機織りの神である「建羽槌神」が常陸では 星の神様である「天津甕星」を破ったという平定に纏わる神話がありました。 星を縫い止める?とか、捕まえるという説明がされている場合もありました。 一方で、実在した人物として陣を張った跡の伝承もあるそうです。 倭文神社の祭神の建葉槌命でもあります。 これ、星見の優れた一族を、気象予報に長けた同じような一族が押さえたんじゃないか わたが雲の、連想で雲を呼べるというか。 雨乞いになるのかな 天岩戸とかスサノオ関連もありそうです。 天岩戸に隠れたあとの祭りの用意で布を織ったとされています。 スサノオの狼藉について禁忌の意味をどこかで見たんだけどなんだったかな。 木綿と書いて、綿花ではない場合があることも知りました。 棉は植物の状態 種を取り除いて糸、布になる工程から綿 という使い分けらしいです。 が、  木棉 木綿(ゆう)というのは 神主さんの持つ御幣の先のヒラヒラした部分を指していた時代もあるらしい。 素材は木を削ったものだったり、麻、こうぞ、神 など、変わっているそうです。 木 + 帛 なんですね。面白い。 機織り小屋にとっての禁 鉄(カネ)にとっての禁忌、 何かこれを対で見たような気がします。 スサノオは出雲なので、州砂の王 綿神社は安曇氏 倭文神社の倭文氏 フツヌシの忌部氏 古代豪族もいつかざっとでも押さえたいです。 日本神話といっても、古事記に出てくるけど日本書紀に出てこない 各地の風土記にしか出てこない 後の古語拾遺物語にしか出てこない など、ツギハギなので。 ただ、古代の豪族が歴史から消えても神社やら何やらで残っているのが面白いですね。 子孫が箔付けのためとはいえ、許される時代に神話のフィルターをかけたら出せるようになったという事が面白い。 鳥取県の日本海の半島は神様が力比べをして島をひいてくっつけたとか神話がありますが、 島根県との境が面白い地形です。 ブラタモリで 古代製鉄で砂鉄を取りすぎて砂を流していたら洲が大きくなって島ができた(伸びた?)と言っていて。 まさに洲砂の王だ、と思いました。 地質学では夜見島という島が合体したそうです。夜見、黄泉の島と呼ばれていたそうです。 まさしく境の港じゃないですか。 潮の流れで色々なものが最後に漂着する場所だったとか。水死体なども。 そういう場所は各地にあります。  たぶん広島の宮島や 和歌山にもあったかな。 水葬のことを調べた時に。 そりゃまあ、土砂が流れる場所だから島になって、そのあともいろいろ流れ着く場所になるんですよね、 地形面白い。 鳥取と島根にまたじっくり行ってみたいです。 なかなかあちらも雪に阻まれるのですけどね。 生きている人間は地形に少なからず縛られてきたので民俗学も結局地形だなと感じることが増えました。
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