ただよって、ただよって

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 歩いている間はする事がないので、色んな事を考えた。この後の行く先とか、こうなった原因とか、昔の出来事とか。いやいや昔は良かった。僕はいつでも話題の中心だったし、皆が僕の言うことに賛同していた。僕が冗談を言えば笑い、僕が意見を言えば頷いた。誰もが僕がすることを信じていた。いつから“こう”なってしまったかと考えると、大学を出た辺りからだろうか。僕に合う企業が見つからず、就職先が決まらずに大学を出ることになった。まぁ大学院に進んでも良かったのだが、これ以上勉強するのにも飽きていたので、そのまま卒業すろことしたのだ。そうだ。あと、あの卒業式は忘れられないな。皆が就職先が決まっていない僕を見て哀れんでいたあの卒業式を。「すぐに良い所が見つかるさ。」とか「何かあったら相談に乗るよ。」とか言っていたな。卒業式以降は誰からも音沙汰がなかったが。一体どの口が言っているのか。僕の周りに居たのは薄情な奴らばかりだった。  …そういえば昔の恋人が言った言葉があった。そう僕には恋人がいたのだ。今は僕の元を去って行ったけれども。最初こそ恋人らしくしていたが、次第に愛想がなくなり最終的には顔も見ずに別れた。いや、別れる直前だけ面と向かって話したのだった。そう、あいつの目を覚えている。あの僕を否定するような目と台詞を覚えている。 「あなたはあなたの世界しか見ていない。あたしを見ていない。誰も見ていない。だからあかたは一人なんだ。」  そう言って去っていった。それ以降さっぱり連絡がなくなった。この台詞を言われた当初は何のことかさっぱり解らなかったし、今でも解らない。でも、妙にこの台詞が頭から離れない。僕の世界…僕だけの世界…ぐるぐるグルグル。  歩いていると、風から磯の香りがし始めた。どうやら海が近くなったようだ。匂いにつられて顔を上げると海が見えた。ここに来るまで誰ともすれ違わず、ずっと一人だった。車すら通っていない。「寂れすぎだろ」と呟いたがそれを聞く人も居なかった。それでも構わず進み続けた。  海辺へ着いたのは良いものの、明確な目的地がある訳ではないので、堤防の上によじ登り、腰掛けた後はぼーっと海を眺めていた。ゴゴゴという風の音の中に、ザザーンザザーンという波の音が混じっていた。
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