132

1/1
前へ
/284ページ
次へ

132

 ある男性、不景気な顔をして歩いている。工場を経営しているが、求人難でやりくりがきびしいのだ。愚痴をこぼしながら道を歩いていると、財布を拾う。なかをのぞくと紙幣が一枚入っていた。警察に届けようか迷う。しかし、たかが紙幣一枚で何時間も事情を聞かれたり、中身を盗んだのではと疑われたりしたらたまったものではない。警察だって求人難なのだ。ろくな警官がいないだろう。タクシーがとおりがかったので拾った紙幣で支払いをし、自宅に帰った。翌朝目覚める。財布をのぞくと妙なことに紙幣が入っている。昨日使ったはずでは。ふしぎに思った男性は財布を開け閉めする。すると、財布を開閉するたびに紙幣が一枚出てきた。これはいい。だが、本当に使えるものなのだろうか。男性は銀行へ行き、紙幣が本物か調べてもらった。その結果本物らしいことがわかった。この財布さえあれば求人難に苦労しなくてすむわけだ。いちいち開閉するのがめんどうだが、ぜいたくは言ってられない。男性は出てきた金で遊んだ。この財布がある種の貯金装置なのだ。ためる必要はない。そんなある日、いつものように男性が財布を開けると、財布のなかに吸いこまれた。吸いこまれた先を見ると、地獄のようだ。や、死んだらしい。そんな悪いことをしたかな。男性がいうと、地獄の鬼が言った。お前は死んでいない。貸しだした金額の分、ここで亡者の監視をしてもらう。地獄も求人難なのだ。だそうだ。  どこもかしこも求人難な話でした。求人難の時代に書かれたものでしょうか。小説に時代が反映される点はおもしろいですね。
/284ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加