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 ある男性、ノックの音で目覚める。二日酔いで頭がぼーっとしている。ノックの音はつづく。男性がベッドの上でぐだぐだしていると、ドアを開ける音がした。鍵をかけ忘れたらしい。それにしても無断で入ってくるとは何者だ。男性が不審に思っていると、見知らぬ女性があらわれた。いったいだれなのだ。過去の女性を思いかえしてみても同じ顔はない。しかし、その女性は親しげに話しかけてくる。女性は男性のことを知っているのか、それとも新手の詐欺だろうか。男性がうたがう。ただ、うつくしい女性だ。接していていやな気分ではない。あるいはこのままいっしょに生活するのもよいのかもしれない。それにしても素性くらいは知っておくべきだろう。男性は女性に名前をたずねた。女性から返ってきたのは「覚えていないの。ねえ」という非難とも悲しみともとれる返事だった。あらためて考えてみるが、男性に心当たりはない。この女性は頭がおかしいのではないか。その可能性に行きあたる。男性が提案する。「その、医者を連れてきましょうか」「医者ですって。そうね。そのほうがいいのかもしれないわね」女性はドアから出ていった。いったいなんだったのだ。男性がふしぎがっていると、ふたたび女性が来た。医者を連れている。女性が医者と話している。夫と喧嘩をして頭を打って以来、あの調子なのです。治りますでしょうか。  見知らぬ女性が来たと思ったら、自分のほうが記憶を失っていた話でした。
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