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 ある男性、ホテルでひとを待っている。二か月ほど前に家を追いだした妻だ。おたがい強情な性格で、ゆずることをしない。ささいなことから言い争いになり、出ていけと追いだしてしまった。言ったはいいものの、妻のいない生活はさびしい。だが、強情なので謝ることができない。妻も同じだろう。たがいにゆずれないまま、二か月が経過した。そんなある日、妻から手紙が届いた。仲直りがしたい。ふたりではじめて旅行に行ったホテルで会わないかとのことだった。男性はよろこんで向かった。向こうから謝ってくれるとはこれ以上のしあわせはない。ほどなくして妻がやってくる。おたがいにいままでのことを謝る。そこで妻が妙なことをいいだした。あなたがこんな手紙をくれるとは思ってもみなかったわ。聞いてみると、妻のもとに男性の名前で手紙が届いたという。身に覚えがない。ふしぎなことがあるものだ。妻は神さまのおかげじゃないかしらといっている。そういうこともあるのかもしれない。男性は妻が帰ってきていうことはない。妻はというと、作戦が上手くいったことによろこんでいる。自分から謝ったのではこちらの立場が低くなる。神さまのせいにしておけばふたりの力関係は変わらない。妻も強情な性格なのだ。  先に謝るのはいやなので一計を案じた話でした。自分から謝ると下に見られてしまいますからね。
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