161

1/1
前へ
/284ページ
次へ

161

 ある男性、たばこに関する失敗をした。その話を友人たちにする。男性は人事部長を務めており、会社から信頼を得ていた。男性は事前に調査した情報と相手の細かいしぐさを見てひととなりを把握できる力があった。あるとき、男性にAとBふたりの社員のうちどちらを昇進させたらよいか判断がゆだねられた。AとBは近しい関係でたがいに力量の差はない。ちがいといえばAのほうがおとなしく、Bは積極的くらいのものだろう。はじめ男性は、Aを昇進させようかと思っていた。おとなしい性格が地位を得ることによって改善すると予測したのだ。しかし、Aと面接をしたときに男性の印象を悪くするできごとが起こった。Aがタバコの箱を手に取り、封を開けたのだ。男性がタバコを持った手に注目していると、Aはマッチをつけてタバコを吸いはじめた。しかし、すぐにむせてせき込んだのだ。おそらくタバコを吸えないのに、自分を大きく見せようとしてその行動に出たのだろう。結果、男性はBを昇進させることになった。これが大失敗。Bは会社の金を横領して逃げた。さらに悪いことに、金をどこかに隠したまま殺されてしまった。治安の悪い街に潜んでいたので、口を滑らせでもしたのだろう。男性の信頼は揺らいだ。せめて金を取りもどせば多少は挽回できるのだが、行方はさっぱりつかめない。AにBに関しての聞きこみはした。Bが昇進したあとAとBは疎遠になったらしい。ひとつ、面接のことでBからきみはおとなしいのがよくない。タバコでも吸って堂々としたところを見せたらどうだといわれたことを明かした。しかし、情報はそこで終わり。手がかりはない。話を聞いた友人は言った。金の場所なら見当がつく。どうしてだと男性が聞く。AとBは共犯だったのではないか。そして、AがBを裏切って殺した。金もAが持っているはずだ。なぜそんなことがいえる。Aはわざと面接でタバコを吸ったのだ。Bを昇進させて金を盗ませるために。おそらくタバコがなかったらほかの方法で男性の印象を悪くしていたのだろう。しかし、タバコを吸いなれているとは思えなかったと男性がいうと、友人はAは片手でタバコを持ちながらマッチをつけたのだろう。よほど吸いなれていないとできない芸当だ。男性は納得した。  しみついた習慣は隠せなかった話でした。ライターとマッチが混在していた時代の話ですね。いまはマッチはほとんど使わないでしょう。
/284ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加