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 ある男性、空の写真を撮るのが趣味である。撮った写真はSNSにあげて反応をもらう。そんなある日、昔の同級生が結婚したとの知らせを見た。相手の女性はかつて男性とつき合っていたひとだった。  男性の父はいわゆる転勤族で、子どものころから引っ越しをくり返していた。三年以上同じ場所にいたことがない。そんな生活だから故郷といえる場所が男性にはなかった。友だちも同様だ。みな自分からはなれていく。根無し草のような人生だ。  男性はその女性と同棲までしていた。ふたりとも結婚を意識していたが、その強度には大きなずれがあった。それでもずれに気づくまでは仲良く暮らした。ふたりが住んでいた物件には庭があり、くだものの種を植えていた。芽が出て実をつけたら食べ放題だと女性がいった。しかし、年齢を重ねるにつれ、結婚への意識の差がはっきりしだした。男性はどうもひとりのひとと同じ場所で夫婦として暮らす実感がわかなかった。女性のいる部屋に帰るのが息苦しくなり、ビジネスホテルに泊まることが増えた。それに女性が激怒した。結婚するつもりがないのならはやくいって。そういって出ていったきり戻ってこなかった。  別れたときは悲しかったが、結婚を知ったことのほうが衝撃が大きかったらしい。男性は体調を崩した。回復したあと、男性は女性と暮らしていたアパートをたずねた。廃墟と化した建物が残っている。庭に回ると、植物が生えていた。昔、女性と植えたくだものの種が育ったのだ。男性はその写真を撮った。写真はSNSにあげなかった。この風景は自分だけの世界にある景色だ。  根無し草の人生を送ってきた男性が、唯一たしかな痕跡を見つけた話でした。この男性はこれからもふらふら生きていくのですかね。気になるところです。
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