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 ある小説家、打ちあわせのため編集者と待ちあわせている。そこへ編集者と見知らぬ女性がやってきた。女性は新しい担当だという。小説家は舞いあがった。好みの女性だったのだ。しかも、自分の小説を読んでおもしろいとほめてくれた。これ以上のよろこびはない。小説家は彼女と会うのが楽しみになった。会うたびに気持ちは高まっていく。そして、ある文学賞のパーティでのこと。小説家はあの女性がほかの作家と親しげに話しているのを見かけた。そばによって話に割って入る。相手の作家にこの女性は自分の小説を褒めてくれたのだとそれとなくアピールする。作家の顔が見るからに曇った。小説家は思った。この作家も彼女に好意を寄せていたのだろう。しかし、彼女の思いは自分にある。小説家は満足だった。  そのパーティ会場の外で先ほどの作家が編集者と話している。担当を変えてくれませんか。あの女性、いつも言うことが同じなのです。わたしとしては忌憚のない意見を聞きたい。編集者は答えた。やっぱりですか。同じような意見がほかの作家からも来ていて。彼女は芸能関係の部署にいたので相手をとにもかくにもほめるくせが抜けないのでしょう。悪気はないのですが。はあ、職場結婚したのでしたっけ。ええ、社の決まりで夫婦は同じ部署にいられませんからね。  わかりやすく舞いあがる小説家がおかしい話でした。死ぬようなどん底へは落ちなくてよかったですね。
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