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 ある会社に歳をとった社員がいる。社員は聴覚を失っている。勤めているのは妖精を配給する会社だ。会社の歴史をまとめる仕事をしている。この仕事が済んだら会社は解散する予定だ。不景気だからではない。役目を終えたからである。ことのはじまりは地球に小型のカプセルが降ってきたときだった。なかから卵が発見された。その卵からかえったのが現在妖精と呼ばれている存在だ。この妖精、ペットとしての才能があった。主人を褒めたたえてくれる。えさは残飯でよく、世話もかからない。その代わり芸を覚えるとか社会に役立つといったことは一切しなかった。しかし、そばにいて肯定の言葉をささやいてくれるだけで人間には十分だった。妖精ほどあたたかい存在は世間にいないのだ。友人でも恋人でも家族でもかなわなかった。妖精は簡単に繁殖したため、あっという間に世界に広まった。はじめは選ばれた人間しかもてなかったものが、一家に一匹、ひとりに一匹、いまではひとりでなん十匹もの妖精を持つのが普通だ。この流れに老いた社員は乗れなかった。耳が聞こえないのだ。妖精の心地よい声がなければほかのペットとたいして変わりない。老社員は考える。この妖精はなんのために宇宙から来たのだろう。まさか人間を堕落させるために来たのでは。そう考えもするが、妖精の声が聞こえないもののひがみにしか聞こえないだろう。それに老社員はもう歳だ。仮に地球人を堕落させるたくらみだとしても関係ない。妖精があらわれなくとも人間は同じ運命をたどっていただろう。  自分に都合のいいことだけ言ってくれる妖精の存在で人類が衰退していく話でした。ゆっくり平和に世界が滅亡する話は好きです。
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