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 ある作家が突然筆を折った。二十年も前のことである。その作家が死んだとのうわさを耳にした男性は真偽をたしかめるために作家のもとをたずねた。  電車に乗って田舎へ行くと、作家は生きていた。男性はなぜ作品を書かなくなったのかと聞いた。作家は友人の物書きに殺されたからだという。その友人は作家と同じ時期にデビューをしていたが、本は売れていなかった。そんなある日、作家のもとに友人が銃を持ってあらわれた。自分より売れている作家をねたんでいたのである。銃を突きつけられた作家は今後一切作品を書かないことを誓った。すでに書いてある作品もその場で燃やした。友人は納得して銃を降ろした。これが筆を折った理由だという。作家は満足しているという。田舎の生活を満喫しているし、わたしの作品は最後に発表したのが頂点だったと。  男性は真実を知って帰路につく。  人気絶頂のときに引退してしあわせなその後を歩んでいる作家の話でした。いさぎよく引退するか、燃えかすになるまで粘るか、意見が分かれるところでしょうね。
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