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広い構内には様々な学舎が建っており、それぞれに聖心館だの信心館だのと大層な名前が付いている。
学生サロンと呼ばれている興進館は軽いカフェを併設した談話目的のフリースペースの為、比較的目立つ場所に建っていた。
デッキ仕様のテラスが建物をグルリと囲い、はめ殺しのガラスからは楽しそうに集う学生達の姿が見える。
「入り……にくい……」
全く無縁の世界に思えて足がすくむが、基本的には幅の広い年齢層がそれぞれの目的にあった群れを作る為、「仲間では無い奴は透明」という世界だ。
誰も注意を払っていないのだから無駄な気後れをする前にさっさと用を済ませばいいと、重い手押しのガラスドアを開けて中に入った。
広くてゆったりとした席間を取る為か平べったい印象の中、パラパラと埋まる「フリー」な「スペース」ですぐに目に付いたのは妙に女子率の高い学生の塊だった。
クリスの姿は見えないがチラチラとうちわが見切れているからそこにいるのだろう。
誰かに声を掛けるのはかなりハードルが高くて恨めしい使い古された本を睨んだ。
その時に足を止めてしまったせいだろう、ドンと肩を押されてよろけてしまった。
しかし、ぶつかって来た女子は振り返りもせず、まるで何事も無かったように行ってしまう。
本当に……仲間で無い奴は透明なのだ。
何だか馬鹿らしくなって、やられた事をそのまま繰り返した。つまり、手近にいた学生に「クリスさんに渡して」と本を押し付け出口のドアに向かった。
「クソ重い……」
入る事も出る事も拒むような重厚なガラスのドアは息苦しさすら産む。早く立ち去りたくて歩く勢いのまま押し開けたら手首を少し捻ったくらい重い。とんだとばっちりを受けた気分でドアを押し開け、足を踏み出そうとすると突然だった。
体の向きが変わる程の力で肩を掴まれて驚いた。
何故か少し息を荒げ、絵に描いたような美しい目を見開いて「大丈夫?」と聞いたのがクリスだった。
それからだ。
見かけたら手を振ってくるようになった。
最初は自分に向けて手を振っているとは思わなくて無視をしていた。
そしたら今度は手を振りながら近づいて来るようになった。
彼に取っては何でもないキャンパスライフの一コマなのかもしれないが中途半端な知り合いが最も苦手なのだ、クリスを見かけたら逃げるようにした。
しかし、逃げたら追いかけて来てまで逃げ腰のボッチから「おはようございます」を奪い取っていく。
クリスが何をしたくて何を考えているかがわからない。
大学に行っても一言も話さず帰ってくるなんて事が頻繁にあったからそれはいいのだが、烏滸がましいくてとてもじゃ無いがクリスと友達だなんて言えない。
彼が人気者なのは何も顔がいいからだけではないだ、誰にでも優しいし思ったよりも気さくだし、親切だと思う。
だから……もしかしてボッチなのを気付かれて同情されているのかと思う。
もしそうなら放っておいて欲しいのが本音だった。
ボッチでいるには理由があるのだ。
小さい頃は変な奴だとよく言われた。
気味が悪いとも言われた。
早口で交わされる会話に付いて行けず、言葉が音になり意味を拾えない。
要求される返事が出来ない。
その為か小学生の頃は軽いイジメもあったのだが、中学を終える頃からだろうか、急かされる答えに詰まっていると怒っていると誤解を産んだのだと思う。腫れ物を扱うように誰もが遠巻きになっていた。
大人になった今は随分とマシになったのだろう、今なら何が悪かったのかわかってはいるが、相変わらずフリートークは苦手なのだ。
何を話していいかわからないから会話が尽きて間が開くのが嫌だった。
焦ったり冷や汗をかくのが嫌だった。
だから……だから……挨拶なんかいらないのに、出来れば話しかけて欲しくないのに、何故お昼を一緒に食べなければならないのか。
何故こうなったのか。
何もわからないまま、クリスの隣に座った。
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