三、

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 漫画家に喜んでもらう事ほど、編集者冥利に尽きる事はない。それが持ち込みから担当して二人三脚で歩んできた漫画家なら尚更だ。  夏樹先生との打ち合わせのおかげで帰る足取りも少しだけ軽くなった。  デザイナーに電話で変更点を伝え、印刷所にメールをし、班長にラインをしてから漫画家達への差し入れを買うため百貨店に立ち寄る。打ち合わせの前は果てしなく感じていた仕事も、勢いそのままにこなす事ができた。  だけど編集部に戻った瞬間、浮上していた気持ちは一瞬で弾け飛んだ。 「戻りましたー」 「おかえりなさい」  一拍とおかずに返ってきた声に体が強張る。 「すごい荷物ですね。待ちましょうか」  目が合う事すら苦しくて。 「いえ、これから仕分けないといけないので」  早口で返すのが精一杯だった。  助け舟は班長が出してくれた。 「そうだぞー、榎野が用意してくれる差し入れは先生達にも評判でな。ほとんどの先生の差し入れは榎野じゃないとダメなんだ、西川、余計な事するなよー」  編集部歴十五年。この部の主のように存在する班長は、例えこちらを見ていなくてもきっちり状況を把握できるらしい。原稿を捲りながら宥めるような言葉をかけてくれる。  でも、それで引っ込んでくれるかと思いきや、西川さんはまたしても人の良さそうな笑みを浮かべた。
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