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だけど。
「すみません」
聞こえてきた西川さんの声はあの時の馬鹿にしたようなものではなかった。
「正直言ってタイプです」
照れたような、それでいて優しい、本当に告白でもしているかのような声。
「は⁉︎」
「西川お前なあ!」
「女性らしくて心遣いもできて、美人で。初めて見た時からいいなと思って口説いてるつもりだったんですけど、全然靡いてくれないのでもう言ってしまおうかと」
「おい、うちの紅一点に手を出すなー!」
「口説くのは許可制だ許可制! 編集長と班長と書いて父と読む二人から許可出てからだ!」
「榎野! よく考えて返事しろよ⁉︎」
先輩達が囃し立てる声がやけに遠くに聞こえる。
「……初めて、見た時から?」
声は自分でもわかる程に震えた。
「はい、忙しい筈なのに身だしなみをちゃんと整えててすごいなと」
「……いつ、どこで」
「え? それは勿論、異動してきた日に編集部でですよ」
ーーああ、わかった。
何で西川さんが何事もなかったように話しかけてこれたのか。
気づいてなかった。
あれだけ一緒にいたのに。
ずっとペンネームで呼んでいたとはいえ本名だって知っていた筈なのに覚えてなかった。
同じ職場になっても、間近で話をしても、食事に誘っても気づかなかった。
それだけの存在だった。
「ごめんなさい……」
涙すら出ない。言葉も出ない。紡ぎ出せたのはただ一言だった。
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