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だから。
「入口のとこ夏樹先生来てるぞ。榎野のこと、探してるんじゃないか?」
「あ……今行きます」
「案内頼むな」
会わないわけにはいかない。
一際スタイルのいい夏樹先生は、他の先生達の輪の中にいても一目で見つかった。昨年一緒に選んだ濃紺のスーツを着て、ポケットにはコミックの重版記念に贈った赤いチーフ。その姿に心臓が大きく脈打った。
ただ見惚れられていたのも一瞬の事。こちらに気づいた夏樹先生は、いつもと変わらない満面の笑みで先生達の輪を抜けて来る。
ーー良かった。いつも通りだ。
あの日の出来事をなかった事にして、元通りに戻れるかもしれない。そんな淡い期待を抱いてしまう。でも。
「透子さん!」
「夏樹先生っ!」
先生は忘れてくれないらしい。
「透子さん、今年のスーツは昨年までと違うんですね。綺麗です」
「あの、夏樹先生!」
他の人達に聞かれないように必死に止めようとしても、どこ吹く風。
「今年は司会とかじゃないですよね? 今年こそ一緒に食べましょうよ、ね?」
周りに誤解されかねない言葉を次から次へと発していく。
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