四、

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 背後で革靴の足音が止まったのは明け方の事だった。 「榎野さん、何でできるんですか」  振り返らなくてもわかる西川さんの声。  視線は自然と真下へと下がった。ふとインクで汚れた手が目に留まる。  昔の手だ。手の甲や爪まで黒く汚れた、好きで漫画を描いていた頃の手。  それで思い出した。すっぴんだ。ファンデーションどころか眉すら描いてないし、電話を切ってすぐに飛び出したから服だって部屋着のまま。すっぴんでださい服、ただ後ろで結んだだけの髪。  思い出したくもない昔の自分の姿そのものだ。 「……あっ……」  ーーすっぴんでも気づかれないんだ。  気づいた途端、涙が込み上げた。  でも、原稿を濡らすわけにはいかない。溢れそうになるのを堪えながら、手を止めて原稿を奥へとずらす。 「榎野?」 「榎野さん?」 「どうした?」 「いえ……」  声が震えたけれど、もう止められなかった。 「漫画家、だったんです」  ほんの一瞬の静寂。それもすぐにざわめきへと変わる。 「漫画家⁉︎」 「デビューしてたって事か⁉︎」 「え、まさか! 榎野、新卒からうちだぞ⁉︎」  先輩達からも。 「え、榎野ちゃんが⁉︎」 「でもうまいですよ! これ、かなり描いてないと無理ですって!」 「えー⁉︎」  先生やアシスタント達からも驚きの声が上がる。
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