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 だから電話がくるなんて思ってもいなかった。 「はい、代わりました」 〈榎野透子さん、ペンネーム愛川エレナさんで合ってるかな?〉  電話の相手は普段話す機会が少ない、年上の、でも先生や両親よりは若い男の人。その声は優しくて、同時に弾んでいた。 「そうですけど……」 〈僕はKAGAYAKI出版少女コミック編集部の西川といいます。エレナさんは高校生だよね?〉  名前にさん付けもこれが初めてだった。そして。 「はい」 〈単刀直入に言います、うちからデビューしませんか?〉 「え……?」  その瞬間、何の色もなかった私の人生が一変した。  最初は疑い半分だった両親は、一緒に本社に行って立派な出版社だと確認した瞬間、飛び上がらん勢いで喜んだ。それまで勉強も運動も中途半端、表彰なんかも一度もされた事がなかったから、今思えば最初で最後の親孝行だったかもしれない。帰りにいい画材を山ほど買ってくれた上、夜はご馳走。二人がずっと笑っていたのを今でも覚えている。  クラスメイトの反応も一気に変わった。コミック誌に【高校生漫画家 衝撃デビュー!】の文字と共に本名と年齢が載ったものだから、私が漫画家デビューしたという事実は一瞬で学校中に広まった。  クラスの人気者達がお弁当を一緒に食べようと誘ってくれて、今まで挨拶すら返ってこなかった派手なグループの子達が放課後の遊びに誘ってくれた。休み時間になると他クラスの生徒や先輩達まで教室に来て、サインをねだられた。  
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