永続シークレットガーデン

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 それにしても、今回は特に他の職人には秘密裏の小林家訪問だった。  父にさえも三日前に告げたところだ。さすがにどうかと思ったのだが、親方は頑なに「特に冬は気をつけなならん。絶対言うな」と主張した。山科の「この家はデリケート」という言も思い出し、念のため、遼子もそっと会社を出たのだが。  冬にはなにがあるのだろう?  なお三度訪れた小林家では、三度マリさんに歓待された。 「この冬はいきなり寒うなったでしょう。秋口までえろう暑かったのに、衣替えが間に合わんかってん。そのくせ、霜が降りるのも早うて、もうちょいと上手いこと切り替えて欲しいねえ」  などなど、マリさんの機関銃トークを神妙に聞きつつ庭に回ると、梅の木の方に人が居た。一瞬、山科先生かと思ったが、もっと背が高い。白いトレーニングウェアを着た男性、は…? 「あら、たかちゃん、お帰り。早かったねえ」 「ただいま。うん、今日は植木屋さんが来はるいうてたから、短い方のコースにした」  振り返ったその人は、山科よりはまだ若い、けれど、  ……この人、だ。  初夏の光と、翠と黒の、梅の枝がヒトガタになったような、少年が。  ようやく、この梅の木の記憶にカチリとはまる姿に、遼子は危うく道具を取り落とすところだった。  取るものも取りあえず荷物を降ろし、名刺を取り出そうとするが、緊張と焦りのあまり上手くいかない。ほとんど狼狽えていると、色黒で背の高い男性がこちらに歩み寄ってくれた。 「こんにちは。真柴さんですよね、親方のお孫さんと伺ってます」 「あっ、は、はい、あの」  気が急いて、遼子はまとまらないまま話出す。声がカスカスになっているが、どうしても今、確かめたい。 「じつは私、子どもの頃、祖父と一緒にこちらにうかがった、ことが、あって。その梅の木に登っていた子に、年配の男性が声を」  えっと、何が言いたいかというと、と、もだもだしていると、彼が「ああ」と声を上げる。 「そうか、そうかも! それ、登ってたの僕ですねえ」  は、と声というより息が出た。よかった、幻じゃなかったと、ひどく安心して、遼子は膝の力が抜けそうになるのをなんとか堪えた。  二人の様子を興味深げに眺めていたマリさんが、そこでようやく「あら」と声を上げた。 「昔はたかちゃんがやっとったの? 中学のころ?」 「うん、ここに住むまえからにゃから、小五か六くらいからと思うけど。僕が実を採って、じっちゃんがきれいに洗うて、ばあちゃんが漬けて」 「なるほどねえ。たかちゃんなら脚立なしで出来たんやね」 「そういえば、いつか、植木屋のおいちゃんが男の子を連れて、あっ……あ、ああ、ごめんなさい」  そこに至って、彼はようやく自分の記憶の誤りに気付いたようだ。ひどく申し訳なさそうに眉尻を下げる青年に、遼子は慌てていやいやと手を振る。 「あ、や、大丈夫です、っていうか無理もないです。あの頃は私、髪も短くて、よう男の子に間違われとったんで」  しおれる青年は、再度ごめんなさいと言うと、丁寧に頭を下げた。 「もうほんと、親方にはずうっとお世話になって……また、真柴さんにお願いできるなら、こちらもありがたいです。僕らはほとんどここにいてられへんので、お任せしっぱなしで」  頷きながらそう話すこの青年が小林先生の孫、ということは、と遼子はまず確認する。 「小林さん、は今の家主さんの息子さん、いうことですか…?」 「ああ、いや、僕が家主です。ゆうても、名義はおかんと半分ずつですけど」 「……は? じゃあ、山科先生が言ってた『大家』って」  いうのは、と、遼子が言い終わる前に、青年は察したようだった。 「ああ、それも僕ですねえ。先生、何も言うてなかったですか?」 「いえ何も……あ、大家、さんは季節労働者と」 「……かえで、根に持ってるなあ」  まあ、そう言うたの僕やねんけど、と、彼は仕方なさそうに笑った。  この小林青年と山科先生は知り合い、というより友人なのであろう。小林青年は大学関係者や山科の同級生には見えないが、どうもとても親しい間柄であるような。  いずれにせよ本来、真柴植木店の雇い主はこの青年なのだ、と確認しようとしたところで、マリさんに先を越された。 「そういえばセンセ、今日はどうしたん? 冬場の土曜日はいつも居てはるのに」 「センター試験の手伝いやねんて。会場案内とか、最近はカンニング対策とかあるて」  へええ、そうなん、と一度頷いたマリさんだが、ふと思いついたように首を傾けた。 「それ、山科センセみたいなイケメンおいといたら入学希望者が増えるーいうことやないの?」 「うーん、もうセンターにゃから、ちょっと遅いんちゃうかなあ」 「せやかてほら、T大志望の子がK大に変えるくらいは」  あはははは、と笑う二人を眺めていると、遼子は小林青年の姿が別の記憶に引っ掛かることに気付いた。フィギュアのようにスタイルがいい好青年だが、たしか、こちらの記憶はわりと新しいもので、 「あれ……小林さんって、小林穂高ですか?」
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