永続シークレットガーデン

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「たかちゃーん、センセ、帰ってきはったでー」  マリさんの声に、遼子ははっと顔を上げる。  少し日が延びたとは云え、これからぐっと冷え込む時間帯になっていた。早くしないと日が暮れるな、と本分に立ち戻る。 「寒い!」 「お帰り。おつかれ」  講堂の貧弱な暖房設備に予算が回らないのは何故か、とひとしきり愚痴を言いながら山科が庭に回って来た。相変わらず、ほとんど銀色に見える髪を適当に伸ばしっぱなしにしている。今や肩に届くくらいの長さで、今日は項の辺りで括っていた。それが日本人離れした美貌と馴染む。たしかに、これなら入学希望者が増えるかも知れない、と遼子は胸の内で突っ込んだ。もちろん、そんなことは知らない山科先生は遼子に律儀に頭を下げた。 「本日は寒い中、ありがとうございます。いつもすみません」 「あ、はい、お世話様です」  会釈を交わす遼子達をのんびり眺めていた穂高が、そこで気付いたように口を開いた。 「そうや、俺、真柴さんとむかし逢うてた。親方と一緒に来てくれてたん」 「いつ?」 「小学生くらいのころ」  それならもう20年以上前か、そうそう、と受け答えする二人が揃うと周囲の彩度が上がった気がする。イケメン効果すごい、とうっかり呟く遼子だった。  それはともかく仕事だ、と、遼子はそれとなく二人の様子を窺いつつ野草マップの更新を行う。邪魔をするのは気が引けた、というより、偶然入ったレストランで隣の席に知り合いのカップルが案内されてきたような感じである。気になるが気にしてはいけない、と遼子は自分に言い聞かせる。  しかし上手くいくはずもなく、穂高から紅葉を植えるプランを聞き終えた山科が、 「もみじ……食えねえだろ。栗とか柚子のがいいんじゃねえか」  言い終わる前に、ぷっ、と思わず吹き出してしまった。台無しである。もちろんすぐに口元を押さえたが、とうぜん遅すぎたし、さらに穂高がくるりとこちらを向いて言うのだ。 「ね? 言うたでしょう?」 「は、はい」  もうどうしようもなく可笑しくて、結局、二人で笑ってしまった。山科が怪訝そうな顔になる。 「先生ならそう言う思うてました」  神妙に山科に告げる穂高の姿がまた可笑しい。「でも、もうちょい捻りが欲しかった」と嘆く穂高に、納得いかないふうの山科が言うには、 「なんだそりゃ。どうせ植えるなら食える実のほうが有益だろ」 「家庭菜園始めたいんと違うて」 「でも収穫できた方が面白いじゃねえか。真柴さん、桃栗三年柿八年っていいますけど、栗ってほんとに三年でいいものですか?」  あ、こっちに振られた、と笑いを引っ込めて向き直るが、あまり上手くはいっていないだろう。遼子は笑いをかみ殺し、それでもこのやり取りに参加できることに心は浮き立つ。 「うーん、そうですね、やっぱり三年では食べられる実、収穫できないです。柑橘類も難しい思いますねえ……それより、キウイなら育てやすいしすぐに食べられる実が出来ますよ」 「へえ、いいですね、キウイ。栄養価高いし」 「や、だからちゃうねん! 紅葉がええの!!」 「広葉樹は掃除も面倒だろ」 「お洒落は我慢やいうし、どうせ掃き掃除するの俺やろ」  他愛もなく言い合う二人があまりにまばゆく、おそらく祖父やマリさんはこの二人の幸せを願わずに居られなかったのだと、遼子はそんなふうに思った。
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