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しかし、今年は勝手が違った。
梅雨明け、本格的な夏を前に手入れが必要な時期だが、当の大型業務の直前に、親方である祖父が腰をやった。
親方とはいえ還暦はとうに越え、そろそろ現場仕事はと、義理の息子である父に諭されていたところだったが、今回は強制的に休業を余儀なくされた。仕上がりの確認だけでも、と押し問答する祖父と父を見ながら、遼子は現場の算段をし直さないとと考えていたのだが。
「お前には別の仕事がある」
出し抜けに告げられ、一番驚いたのは自分だった……と思っていたが、周囲と大差はなかった。父を振り返ると、真顔でぶんぶんと首を振っている。初耳だったようだ。
この大仕事のときに、微力とは云え別件を頼むとはどういうことか、と問い糾せば、一日だけ現場近くの個人宅に回って欲しい、という意外にも穏当な答えが返ってきた。
そこで遼子もはっと思い出す。この現場の仕事の際は、何回かに一度、途中で親方が抜ける日があった。聞けば、近隣にある親しい友人宅の庭に寄っているという。恩人だからどうしても自分でと言って。
そういえば……と遼子が反芻していると、祖父はぽつりと呟いたのだ。
「夏の前に、寒椿を見てやらなならん」
と。
そのお宅を、親方は『小林先生のお宅』と呼んだ。
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