永続シークレットガーデン

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 遼子が新しい庭に夢中になっているうちに、日が高くなっていた。 「…ちゃん、りょうこちゃん! 大丈夫? もう昼近いし、ちょっと休憩しはったら?」 「あ、はーい!」  いつの間に、と、遼子は落とした梅の枝をまとめながら時間を確認する。たしかに正午近い。  ひとまず定期連絡をと、スマホを取り出した遼子の耳にまたマリさんの賑やかな声が届く。 「センセ、もう大丈夫なん? あらやだ、今日はほら植木屋さんが……前から言っとったでしょう。今日ですよ! もう、顔洗って、ご飯でも食べて目ぇ覚ましてください。あッ、その前にちょっと」  なにやら受け答えがされているようだが、相手の声はここまで聞こえてこなかった。  大学の先生か、と考えながらスマホをタップしていると、マリさんがこちらを呼ばう。振り返ると、縁側に出て来たマリさんの後ろから人影が続く。 「ほら、センセ、挨拶したって」  マリさんに押し出されるように縁側に現れた人物を見た瞬間、遼子は”違う”と思った。  青年よりは年上だが、中年というには些か若い……という以前に、ちょっと引くくらいのイケメンだった。中途半端に伸びて無造作になっている(本当に起き抜けのようだ)髪はアッシュグレイで、若干無精ヒゲも生えているし、メガネの向こうで眠そうに目をしばたいているが、むしろそれだけでも画になるあたりがおそろしい。 「はい、こちら、今この家の借主の山科先生」  かりぬし?  やましな?  思わず男性とマリさんの顔を見比べる遼子に、ほら、センセ、とマリさんは彼の背中を叩く。彼はぺこりと頭を下げた。 「K大で助教をやってます、山科といいます」 「K大…? えっ、K大!?」  押しも押されぬ旧帝大である。ぽかんとする遼子に、ああ、少々お待ちを、と山科はすっと身を翻して室内に戻り、程なく戻って来る。それから縁側にひょいと正座して、遼子に名刺を差し出してきた。 「あ、ありがとうございます」  遼子も慌てて営業用の名刺を取り出し、厳かに彼と名刺を交換する。たしかにK大理学研究科、助教、物理学博士、山科楓とある。  佳い名前だな、と反射的に思った。  図ったような感じだが、麗しい見た目にもぴったりである。そっと相手を伺うと、彼もしみじみと遼子の名刺を眺めていたが、ふと、 「今日は、親方はどうされました?」  と訊いてきた。祖父とは面識があるようだ。 「えっと、祖父は先日、腰を痛めまして代わりに私が」 「ああ、お孫さんでしたか。それは大変でしたね、お大事にとお伝え下さい」 「はい……」  名前から推測されるとは云え、動揺してうかつに続柄で話してしまったことを後悔しつつ、遼子は内心首を傾げる。こんなインパクトの強いお得意様、しかもマリさんとも繋がりがある家の話を、これまでに一度も聞いたことがないのは何故なのか? 「じゃあセンセ、私もう出ますから、さっさとご飯食べてくださいね。あ、そうそう、遼子ちゃんもお昼食べてって」 「えっ、はい?」 「そうですね、お昼、ご一緒にいかがですか」 「は?」 「マリさんの豚汁、美味しいですよ」  はあ、と。頷きかけてはっとする。それはちょっとどうか、仕事先でご馳走になることはままあるが、だいたいが飲み物やおやつ程度のものだ。近所のお寺に店の皆がいることもあって、お昼に顔を出そうかと思っていたのだが。  しかし山科は別の誤解をした。ああ、と思いついたように言う。 「そうか、知らない男がいる部屋に上がるのはイヤですよね」 「や、いやいや、そういうわけでは!」  慌てて手を振る。そんな考えが過ったわけではないが、確かにふつうは躊躇うシチュエーションではあるかもしれない。(遼子がひとりで、男性の一人住まいのお宅に仕事に行く機会がないものあるが。)  そんな遼子に山科はカラリと告げる。 「最近は大学でもそのあたり、厳しいんですよ。女子学生と1対1になる場合は部屋のドアは開けること、とか通知が来ます」 「えっ、そんなに厳しいんですか?」 「時代でしょうね。では、この縁側でどうですか。外はもうだいぶ暑いでしょう」 「そう、ですね……」  確かにもうかなり蒸し暑くなって来ていた。  何より、興味が勝った。この先生と、少し話してみたかった。
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