永続シークレットガーデン

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 マリさんの豚汁は本当に美味しかった。意外にも玉ネギが合う。  縁側に座布団を設え、お盆に豚汁の椀と握り飯とつけ合わせの皿が乗ったランチである。  なんだか長閑な昼食風景だった。 「曰く、三人の息子さん達だと鍋いっぱい作っても1食分だそうですがね。まあこれだけ美味しければ、食べ盛りの男兄弟なら瞬殺でしょうね」  よく通る声でそう言う山科に、はあと頷きながら暖かい椀を見下ろして、然もありなん、と遼子も思う。  マリさんが作ってくれたのは豚汁の他、握り飯とほうれん草のおひたし、梅干し。台所では握り飯が山になってるらしいが、さすがに、と断って三つにしてもらった。 「この梅干しはあの梅の実です。でもマリさん、おにぎりの具には使わないンですよ、謎ですね」 「そうですか……」  やはりこの人は違う気がする。  曖昧に頷く遼子が山科から聞いたところ、『小林先生』というのはこの家の先代、記憶にあるよく笑う婦人のことのだった。  なんでも、かつては親方やマリさんの中学校の担任であったらしい。それがしばらく前に旦那さんが、そして後を追うように小林先生が亡くなって、結局、いまは貸家として山科が住んでいるという。 「当代の小林さんとは縁があって……季節労働者でしてね。オンシーズンは定住も出来ないので、まあ、管理人のようなものです」 「……マグロ漁船とか、遠洋漁業の方ですか?」 「あはははは、そうですね、近いです」  違うらしい。  なお、山科の標準語があまりに自然なので、訊いてみればまごうことなきトウキョウ人で、それでも京都に住んで既に十年以上になるという。 「マリさんは家政婦のようなもの、と言うてましたけど……」 「ああ、私も自分のことは出来ますが、この広さの家になると持て余すところがありますので。掃除や、庭もありますし、折々に手伝ってもらってます。ま、マリさんも親方も、小林先生の家に変な男が入り込まないか、心配だったんでしょう」  朗らかに言われると棘は目立たないが、家主の知り合いでK大のセンセイとは云え、若い見知らぬ男が独りで住むとなれば、確かに多少は警戒するのかも知れない。  京都は閉じた土地だから、と遼子が噛みしめていると、 「タバコは、よろしいんですか?」  不意を突かれて、うっかり椀を取り落とすところだった。 「えっ?」 「お吸いになりますよね? 親方はいつも、昼飯のあとに一服されていたので」  たしかに遼子は喫煙者である。煙草臭かっただろうか、と少し焦る。  この頃は風当たりも強いので大っぴらに吸うことがないが、職人達はもともと喫煙者が多いし、なんとなく祖父のマネをしたくて吸い始めた。もちろん、客先ではそうそう吸うこともないのだが(当たり前だが文化財なら禁煙だ)、祖父はそれほどにもこのお宅に馴染んでいたと言うことだろうか。 「いえ、あの、お客さまのお宅で吸うわけには」 「なるほど。では、こうしましょう」  言うなり、山科は立ち上がって部屋の中に入る。しばらくして戻って来ると、手に煙草とマッチの箱、灰皿代わりとおぼしき瓶の蓋を持っている。そして縁側にひらりと座ると、慣れた仕草で煙草を一本取りだした。 「これで私も共犯だ」  そうして、山科先生はニヤリと嗤った。
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