永続シークレットガーデン

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 二人の紫煙がゆらり、ゆらりと流れた頃だった。 「真柴さんはずっとこのお仕事を?」  山科の質問は唐突な、と言いたいところだが、慣れたものだった。いくら親方の孫でもとにかく女は目立つ。 「はい、卒業してからはうちの社員で、あ、最近は植木屋も株式会社にしてますので」 「でしょうねえ。お好ですか?」  ダイレクトに訊ねられて、ちょっと煙を飲んでしまった。さすがに、ここまで直球勝負はなかなかない。しかし遼子の中にはそれなりの模範回答集がある。今日も、そのページをペラペラとめくった。 「剪定や庭木の手入れは、家業ですのでわりと昔から……」 「あ、ええっと、植木職人のお仕事ではなくて、庭はお好きですか?」 「にわ、ですか」  少し意外な切り口だった。  遼子は模範回答集のページを見失って、言葉も失う。山科はもう一本、ガラムを取り出した。 「親方がね、よくここはいい庭だと褒めていらしたので。そういえば、植木職人と庭師は違うというのは聞いたことがあります。植木職人が庭木のお手入れをする職人さんとすれば、庭師はプランナーでしょうか?」 「ああ……はい、そうですね、庭師の方が守備範囲が広いというか。はっきりとした資格はないですが、庭師が行うのは”造園”なので」  むしろ空間デザインや建築に近く、生活の一部でありながら公共の景観の一部も担う『庭』を造るため、技術職でもあるが芸術性さえ求められる。そう語る遼子に「なるほど、真柴さんはむしろ造園のほうにご興味が?」と山科が尋ねる。 「……どうでしょう。でも植物は好きです。季節の色と温度と、匂いがわかるので」 「ほう」  山科は感心したような声を上げる。 「でもまだまだ、力不足で。現場は好きですが、今日は親方から本来の仕事ではなくこちらへ回れと指示されました」  口にしてから、しまった、と気付く。慌てて「こちらのお仕事も大事ですが」と言い訳しようとする遼子を他所に、山科は「ああ」と山科は顔を振って少し遠くを見遣る。 「今どきはあちらの、●●寺が夏前の手入れの時期でしたね。真柴さんのところも参加されるんでしょう。親方は話してくれませんが、マリさんから聞きました。あそこの手入れと合わせて来てもらってるんですよ、実は。もう30…40年近いんじゃないですかね」  なんだって、と思わずタバコを取り落としそうになり、遼子は慌てて携帯灰皿に吸い殻を突っ込んだ。 「そ、そうだったんですか。そんなに前から……」 「ええ、小林先生がまだ先生だった時代からでしょうから。なんでも、小林先生が初めて担任を受け持ったのが、親方のクラスだったそうですよ。その縁もあって、ずっとお手入れはお願いしてると聞きました」  祖父が中学生だった頃、となればもう確かに半世紀以上前である。なんとも息の長い話に、ちょっと眩暈がした。  山科はそんな遼子に、親方はその部分の引き継ぎはされてないんですね、というようなことを呟いた。 「となると、親方はあちらのお寺の作業期間のなかで、都合を付けてこちらに来てくれていたということですかね」 「そうですね。父、いえ、社長以下、職人はみんなそちらに駆り出されるので……確かに期間中、親方が留守の日があったと、思います」 「なるほど、では普段は真柴さんも●●寺さんを担当されている?」  はい、と頷く遼子に、なぜか山科はそこで考え込んだ。  なんだろう?  山科はそのまま慣れた様子で新しいガラムに火を点ける。またパチパチと音が響き、ゆったりと大陸的な薫りが漂う。 「これは親方の戦略かもしれないですね」
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