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手間はかかるが良いのだ
寝室の扉の隙間から、廊下の月明かりが入り込む。ベッドのど真ん中で、てらてら光る水濡れに背を向け四肢を投げ出すタケズミの薄い腹は触っても上下する感覚がわからない。温かい体が布団の中で分け合った自身の熱なのかもわからない。握りこんだ細い手先に触れても肉球を揉んでも何の反応も返さない。尾を引っ張れば軽い体ごと引きずられる。死んだばかりなのか生きてるのかわからない。けれど尚理は死んでないとわかっている。水濡れは吐しゃ物だった。タケズミの小さな鼻の下に指をあてたことで息苦しくなりもぞもぞと頭が動く。生きている当たり前を確認し、今度こそ部屋の灯りを点けた。
明るさで目を覚ました老猫がお腹空いたの食べさせてよとなあなぁなぁ訴えるんだから給餌はやぶさかではない。
「吐いちゃったからお腹空いてるもんね。」
とりあえずチュール舐めとく?
ウエットティッシュ片手に尚理は汚い顔の老猫を宥めすかした。
夜中にシーツやらタオルケットやらを引っぺがし取り替えて意識を手放した尚理だったが、んなーあ、あっ、んーあっ、の鳴き声に目が覚める。腹を空かせた老猫が尚理を起こしている。
「うう、ズミ、、お腹空いたの、餌皿入ってるよぅ。」
尚理は知っている。猫って楽なことが幸せ。幸せなことが好き。楽を覚えた猫は楽したいに決まってる。
「朝ごはん食べさせて貰いたいの。そうだよね。お口までごはんが届くのまってるの。賢いね。」
親猫だってそんなことしないよ?君、猫だよ?鳥じゃないんだよ?
のしのしとペット階段を上る白い猫の向こうに見えるペットシーツにはコロンと転がる排便が見える。健康な便がペットシーツにおさまっている。猫トイレじゃなくてもいい。掃除の手間がひとつ減っているじゃないか。そうか、偉いねじいちゃん。起きたの。トイレ行ったの。出したらお腹空くよね。
食べさせてあげよう。
動いているタケズミが愛しくて、尚理は夜明け前に起き出した。
二度寝は時間が許さないのもあるが、まだ6時だというのにじわじわあがる気温が不快なのもあった。天気予報は真夏日だ。二度寝なのか食後の昼寝に突入するつもりなのかわからないが、ひんやり枕に頭をのせ寝る老猫の腹に手を当て尚理は熱を測る。熱くはない。だが。もう無理やろ。
エアコンをつけっぱなしで尚理は仕事に向かう。電気代は気になるし過保護かもしれない。だけどかまわない。いやかまわないは強気だった。実際は電気代も過保護すぎも気にしている。でももう、やっておけばよかった後悔はしたくない。お金は稼げばいい。いや稼ぐしかない。
そんな大げさな決意でエアコンをつけっぱなしにした尚理が仕事に出かけた午後、快適な昼寝から起きたタケズミは、追加されたウェットフードを難なく完食する。脇にあったドライフードのカリカリも食べた。水は半分飲んで、よろけた後ろ足で蹴飛ばしてひっくり返した。水塗れのペットシーツはヒヤリとして涼しいのでタケズミはそのまま寝落ちる。
自由と書いて猫って読むのは飼い主なら知っている。でもいろいろ心配しちゃうのも飼い主だから仕方ない。
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