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信頼と葛藤の狭間
気温に体が慣れたのか自力で食べるようになってきたタケズミは、排泄物の隣で横たわっていた。眼下の光景に当惑した尚理だったが、でもまぁじいちゃんだしそんなこともあるね、と認識を上書きする。老猫になったからといって猫が猫足るプライドを捨てたりしないと知っていながら尚理は上書きをする。だって、うちの猫はタケズミだけだもの。うちの猫が私の猫のすべてだもの。
ティーガーは吠えた。渾身の一撃であった。場は騒然となった。
すいません、ごめんなさい、臆病なんですっ、と尚理はへらへらぺこぺこヘラペコを周囲の飼い主さんたちに繰り返す。静かに迅速に駆け寄るスタッフと尚理の平身低頭に緊張を伴った待合室の空気は緩みむしろ微笑ましく生温かい空気が漂った。吠えた犬は尻尾を下に下げたまま頼りにならない飼い主の短く保たれたリードを目いっぱい引いた。
「部屋で待ちましょう。今日は大きなわんちゃんが居るのでー。」
大型犬が通り過ぎる度に、臆病が過ぎるティーガーは喧嘩を売るのだ。吠えかかるのだ。毎回毎回騒ぎを引き起こしている。弱い犬ほどよく吠えるを地で行く犬である。実際にそんな犬が存在するんかい?!と心の中で突っ込んだ尚理は悪くない。普段の寡黙さから想像出来ない吠えかかりに、うちの仔やべーな、とドン引きした。ついでに小さな犬、凡そ猫サイズの超小型犬には吠えかかれないほど怯える。犬社会で安住の地がないのがティーガーだ。なので3回に2回はVIP待遇で個室待ちだ。それはそれでティーガーは気楽にはならない。診察室の滞在時間が長いのだから不安になる。神経質で内弁慶の見栄っ張りなおじさんワンコだ。目の周りの赤さに予約を入れた診察日当日の待合室での一幕に、尚理はもう十分に疲れている。
だと言うのに。いやだからと言うべきなのか、診察に現れた獣医師が三鷹香織で、特になにも問題ないですねーとされた診断に不信しかなかった。
「赤みも引いてますし、皮膚に引っかいた傷もないですね!うん。問題なしです!」
確かにもう赤みは引いていた。痒がる様子も無かった。偶々だったのかもしれない。普通なら、よかったーなんでもなかったのーよかったね、わんこ!と安心する。だけれども。
「なにか、なんで、赤く、、アレルギーとか、、」
「んー、どうでしょうねー?まぁ様子見していただいてー。あと何か心配はありますかー?」
心配しかない。だが言えない。今日のワンコの目の周りは赤くないのだ。そしてティーガーはもう帰りたいのだ。尚理も帰りたい。ふるふると頭を横に振ると、三鷹は、こちらでこのままお会計もしますねー。お待ちください!と退室していった。
当日連れて行くべきだったのか。良くなってるからと今日はキャンセルするべきだったのか。ぐるぐると正解を模索するが、結局わからない。飼い主はいつも自分ちの仔と獣医師との狭間で悩ましい葛藤を強いられている。
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