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初夏
落ちるよぅ、と焦る尚理を尻目に、タケズミは重たい頭を下に尻を高くあげ、ベッドに残る両後ろ脚を跳ね上げて軽やかにタケズミは前足で着地した。そのままトテトテと進みコツンと頭の右側をペットシートの買い置きにぶつける。ぶつかったので左に頭をそらすが何故かまた右に振り向きぶつける。ぶつかったので左にそらし、また右に振り向いた。そしてまた左を向き右を向いて、ペットシートの袋にコツンとぶつかる。
「にゃあっ、なっ!!」
「にゃあ言われても。」
ベッドから飛び降りたわけでもなく、落ちたわけでもなく、ただ最適解で移動したようなタケズミだが、そこからたった三歩先の餌皿には辿り着けない。尚理はタケズミを抱き上げ餌皿へと送った。
角張った釣鐘が広く口を開け空を向こうとしたまま止まったような花がふるふると風に揺れる。可愛らしい以外の形容が見つからないピンク色の花が群生する庭先には少し前まで二輪草の薄青い花が凛として目立っていた。尚理が越してきた時には全て平らに馴らされて空っぽに見えていた庭だったが一冬を超え春になった途端に、勢いよく芽吹いた。あれよあれよと以前の手入れか行き届いていた様を伺わせる庭を呈し、尚理は全てを毟った。だって無理だもの。手入れなんかできない。今となっては美しい庭だったのかもしれないと、後悔もある。あの時は真っ新に上書きをしたかったのだ。新しい住処は終にはならなくとも自分だけの誰憚ることない居場所だ。だから誰かの痕跡を厭ってしまった。翌年には友人に頼み庭の半分を防草シートで潰し砂利を敷き詰めた。ムスカリやチューリップの球根は見つけては掘り返し一角に固めて埋め戻し、数年繰り返していたのにいつの間にか今度はかすみ草が一面に白い花を咲かせている。そして前触れもなく薄紅色の花がぽつぽつと咲いたのは、尚理が愛した三毛猫が病に倒れた頃だった。バタバタと過ぎる日々に庭を愛でる余裕はなく三毛猫は夏を超えられなかった。翌年には倍になって咲き、それからまた増えて、この春は畳半畳もの広さになった。尚理は可愛らしい4枚の花びらの朝露を首を傾け受けるようなラッパ状の花の形もそれを受け止める細い茎も、一輪挿しに挿すには頭が重すぎるが、頼りなく儚げに見えて決して花びら1枚で風に舞うことなく地に根ざしふるふると風に揺らされる花の名が気になった。
朝には萎れてしまう儚い月見草を名乗る月見草擬きの昼咲月見草。そして薄紅色のこの花は白いとされる昼咲月見草の変わり種だ。
「花言葉は、自由きまま。」
ああやだなぁ。やだなぁ。やだなぁ。
「君みたいな花だね。ひまわりじゃなく昼月見草が君にぴったりだよ。」
昼咲月見草を手折る尚理は三毛猫の闘病生活をふり返れない。
昼月見草は唐突にあの年に咲いた。あの三毛猫に似合いの花が咲いたのは鳥が種を運んだ偶然でしかない。けれど今。
その花が尚理に、あんたはよくやってる、と慰めてくれている気がした。
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