ダンボール・イン・ザ・ネコ

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ダンボール・イン・ザ・ネコ

どうしよう。 尚理は困り果てていた。時間が無い。出かけなくてはならない。まだ着替えどころかコンタクトすらしていない。でも動けない。だってタケズミが膝抱っこで寝落ちかけてるんだもの! 寝ているならそっと降ろして、それだって心苦しく後ろ髪を引かれる思いだが、踏ん切りさえつけばやれる。だけど寝落ちかけだ。くたくたしつつ前足をにぎにぎしたりパジャマの裾を足でひっかけていたり、あげく身動ぎすれば、んに?にあ?とまた前足が何かを掴もうと空を掻く。無理だ。こんな愛らしい猫を膝から退かすなんて出来ない。 「よしっ!」 尚理は決心し、腕を伸ばした。 「ゴメン、遅れる、と、、うー、、送信っ!」 スマホを拾いメールを打つ。後は野となれ山となれ。そうした尚理の気持ちなどタケズミにはわからない。腕を伸ばした動作が気に入らなかったのか、もういいのですにゃ、とタケズミはのしのしとベッドを後にした。 「おかえりなさいませ。」 「おや、よくわかったね。ああ、楽にしなさい。」 三つ指をつき邑を屋敷き出迎えたかろは伏した顔をあげにこりと微笑んだ。 「今夜はお揚げを焼くご用意がありましたよ。」 「それはいいね。紅と紺と一緒に食べよう。おや火鉢が無いね。」 かろを後ろに従え、白髪の老人の姿のまま邑は座敷を廊下をと無尽に突っ切って行く。最後の襖をスタンと開け放つと縁側を眺めるたよさまらが居た。 「かろはええよ。」 「さがりや。」 振り向かずに声をかける2人の隣に邑はどかりと腰をおろす。 「それでは御前失礼いたします。」 「ああ、かろ、餅は焼くかい。」 「餅はない。」「ないなぁ。」 「餅が食べたい。」 たよさまらの呆れた声音に情けなさを滲ませ甘える邑に、かろは瓜実の美しい顔に笑みを浮かべ、では明日は餅を拵えましょう、と請負った。 半月先の神事まで帰らないのではと、その神事さえ昨年は帰ってこなかったのだが、そんな邑が帰ってきたことがかろは嬉しかった。かろが喜んでいるので、甘やかすぐらいしてもよいか、とたよさまらはかろを止めなかった。邑を甘やかしたいとは老婆達は微塵も思わないが、かろには甘いのだ。 「良いときに来たね。今夜はお揚げ、明日は餅。ああ、火鉢に火が入ってなかったよ。かろに言おうか。」 「こんな陽気に火鉢はいらん。」 「そうだったかい?そうだったかなぁ。」 「それで?」「言いや。」 胡座に肘をつき手の甲に顎を乗せた邑は、ああ、と2人を見る。 「箱に入れて捨ててきた。殺さず人任せのやりようは昔から変わらないね。」 自分は手を汚さずにめでたしめでたし。誰かいい人に拾われて幸せにおなり。人は昔と何も変わらない。 目を細めた先に邑が見るのは朋の寺屋敷前に捨て置かれた赤子、痩せた幼子、嬲られ死相の浮かぶ女郎、椿の木の下に蹲る腹を空かせた汚らしい仔狐は縁の下の仔猫を狙い母猫に返り討ちされた哀れな自分だ。 「哀れだと拾われるだろう?野良犬などおらんから喰われまい。」 「どうやかの。」 「どうやかなあ。」 たよさまらは邑を諫めない。彼女らは邑の朋ではなく巫女だ。だが長く付き合ってわかることもある。老婆心だがあえて告げた。 「箱を開けてもらわな死ぬな。」 「やね。」 パチリと邑は瞬きし、おや、と首をかしげた。
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