浜木綿と木綿子

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 小説投稿サイトに公開する小説の表紙としてビキニ姿や下着姿の女のイラストを描いて画像をアップすると、肌の露出度が高いとクレームを付けられ、規約違反に当たるとして削除される。青少年向けの漫画やアニメにもビキニ姿や下着姿の女のキャラが出て来るのに、また青少年の目に入ることもあるだろうにビキニ姿でビーチを歩く女やネットにアップされる画像や動画に映るビキニ姿や下着姿の女は何も咎められないのにだ。ナンセンスなんだって。故意にセクシーな格好をする女に見入ってスケベと文句を言われるのと同じような不愉快さを感じる。大体、セクハラとかパワハラとか騒ぎすぎるんだ。その癖、野党は批判ばかりと非難する。全く批判すべきことは批判したら駄目と言い、批判すべきでないことは批判しても良いと言っているようなものだ。  そんな不合理から生じる不満を一掃してくれる出来事が盆休みに東京から家族共々従姉の木綿(ゆう)子が遊びに来たお陰で起きた。  僕は辺鄙な漁村に住む田舎者だし、お世辞にもイケメンとは言えないが、木綿子は東京っ子で洗練されているし、ルックスも格別良い上、僕より二つ年上だ。だからどうしても遠慮して気後れする僕は、これまで親戚づきあいして来たが、彼女と真面にしゃべったことは彼女を異性として強く意識し始めた中学1年生の頃から一度もなかった。  会うのは正月以来だが、あの時よりも更に渋皮が剥け、もう直ぐ花盛りを迎えようとする今を時めく高校三年生。益々魅力を増した感じだ。  当然、僕は益々遠慮して気後れして話したくても恥ずかしくて近寄りがたく到底話しかけることは出来なかったが、親父はでれでれして矢鱈に美貌について褒め、お袋までそんな感じだった。で、僕は益々恥ずかしくなった。  僕は一人っ子だが、木綿子には中学三年生で妹の虹子がいる。二人が僕の家に来るのは二年ぶりだが、夏に来たのは木綿子が高校生になってから初めてだ。そのことが期せずして好運を僕に齎したのだ。  二人が訪れてから二日目の午前中、僕は漁船が舫う船泊りの向こうにある小さな砂浜に腰を下ろし、スケッチブックを開いて写生を始めた。浜木綿を描くことにしたんだ。この花は描き甲斐がある。何故って細長くて白い花びらが幾重にも絡み合ってごちゃごちゃしていて描いている内に頭までこんがらがって訳が分からなくなってくるのだが、それだけに夢中になるのだ。一心不乱になる。けれども偶に浜風が吹いて花びらが戦ぐと、うわあ!やめてくれ!益々ごちゃごちゃになる!と独りで喚いてしまう。ちょっとしたパニック状態に陥るのだ。  そんな時、海辺で海水浴をしている近所のガキどもの歓声がもろに耳に入って来る。波の音も海鳥の鳴き声もあれもこれも。集中力が途切れるからだ。それから若い女の声が聞こえて来た。あれ、女もいたのかと思って思わず声のする方を見ると、こっちに向かって木綿子と虹子が水着姿で歩いて来るではないか!而も虹子はスクール水着だが、木綿子はなんとヒョウ柄のビキニ姿だ。で、木綿子が顔だけでなくスタイルも超ナイスであることが初めて分かった僕は、スゲーセクシー!と心中で唸り、その場に座り込んだ儘、大仏のように固まってしまった。まるで液晶画面から超イケてるグラビアアイドルが抜け出たかのようだったからそうなるのも無理はなかった。 「へえ~、大樹さん、絵が趣味だとは聞いてたけど、こんな綺麗なシチュエーションで絵画を楽しめるなんて素敵なことね。何描いてるの?」  木綿子は明らかに僕に見られることと僕の気色を楽しみながら訊いたのだった。その時、僕は放心から覚めたように答えたのだった。 「ぼ、僕、は、浜木綿を描いてたんだ」 「へえ~、素敵。ひょっとして私の名前が浜木綿子だから?」そう聞くと、木綿子はニヤリとした。 「い、いや、偶然だよ」と僕はどぎまぎして答えた。 「そう、偶然にしても凄い因縁を感じるわ」そう言うと、木綿子はまたにやりとした。  今にして思うと、木綿子は暗号を楽しんでいたんだろうが、とてもじゃないけど目を合わせていられなくなって僕がスケッチブックに目を落とすと、「ねえ、見してくれない?」と木綿子は聞きながら少し屈み気味になって右手を伸ばして来た。豊かな胸の谷間がぐっと近づき、女らしい綺麗な手が大接近したのだ。その際、潮の匂いが香水のようにぷ~んと薫った気がした。  こんな刺激的な挑発的な煽情的な物を生で目の当たりにしたのは生まれて初めてだった僕は、一青年の心を限りなく掻き乱し悩ましくさせておいて何の罪も感じていないと思いつつ興奮の余り震える手でスケッチブックを差し出した。 「へえ~!すご~い上手!」と木綿子は驚嘆しながら受け取ると、虹子にも見せて二人で頻りに感嘆の声を上げ、感心し切りで見てくれた。それから木綿子は笑顔の儘、僕に振り向くと、驚くべきサプライズな発言をした。「ねえ、大樹さん、私、思い出に残したいから私を描いてくれない?」 「えっ!あ、あの、ここで?」 「そう、海をバックに。だってこんな素敵な機会二度とないかもしれないじゃない」  これは自分にとって願ってもない事だったから僕は流石に笑顔になって請け合い、正直、勃起しながら一生懸命描いた。それはもう美しい海を引き立て役にする夢のような目が眩む程のキラキラした光景で艶めかしく弧を描いたボディラインが弥が上にも瞼に焼き付いたから今でもありありと思い出せる。何しろ背後の日光を浴びて輝く無数の波光の煌めきが木綿子の美しい輪郭を浮き彫りにしていたんだ。  通常デッサンは15分くらいで終わり、後はモデル無しでも仕上げられるんだけど、僕は態と30分以上木綿子を立たせて描いた。勿論、木綿子のビキニ姿を成るべく長いこと拝んでおきたかったからだ。  ほぼ仕上がった下絵を見て木綿子はその出来に飛び上がって喜んだ。そして色も付けてねと注文された僕は、喜んで引き受けたが、水彩画として完成させるには少なくともひと月はかかる。なので木綿子は持ち帰られないのを残念がったものの滞在最終日に再度、今度の正月に受け取りに来る旨を笑顔で告げ、楽しみに待ってるわと言い残して家族と共に東京へ帰って行った。  それからというもの僕は木綿子の絵を描いている時以外でも何枚もの浜木綿の細長い花びらが頭に纏わりつくように木綿子のことが頭から切り離せなくなった。僕は従姉に恋をしてしまったのだろうか、困ったもので一ヶ月半で絵が仕上がった後も木綿子への思いは変わることはなかった。何しろイケてるグラビアアイドル級のビジュアルを持っていて僕が通う高校の女子なんか木綿子と比べると垢抜けない芋姉ちゃんにしか見えなくなるのだ。嗚呼、どうしよう。この絵を手放したら木綿子と離れ離れになる。そう思った僕は、脳裏に刻まれた木綿子を頼りに木綿子の絵を何枚も描くこととなった。そしてそれを使って人には言えないことをしたりした。そうこうして年明け、約束通り木綿子は家族と共に我が家にやって来た。 「新年あけましておめでとうございます!」とこの時程、快く木綿子が僕に挨拶してくれたのは、全く初の事で正におめでたい気分になった。で、僕は有頂天になって大切に保管していた絵を見せた。憚りながらその批判されようのない至高の出来に木綿子は声高々に快哉を叫んだ。「うわあ!素敵!これは私の一生の思い出、一生の宝物になるわ!ありがとう大樹さん!」  一生の思い出とは僕との触れ合いとかじゃなくて美しかったJK時代の自分を思い出させる物という意味だろうが、僕はこの時程、嬉しかったことはなかった。 「私に因んで浜木綿を加えてくれたのね!」絵の左下に浜木綿を描いておいたのだ。「これは断然、お礼をしなくっちゃね。と言っても初めから用意してたんだけど」木綿子は手作りの刺繡入りハンカチをくれたのだった。「私、一生懸命縫ったのよ。この浜木綿」  浜木綿の白くて細長い花びらが何枚も縫ってあった。 「ぼ、僕の一生の思い出、い、一生の宝物になったよ。あ、ありがとう」と僕はどもりながら訥々と礼を言ったのだった。で、僕の言う一生の思い出とは、木綿子との触れ合いという意味も含まれているのに違いなかった。    
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