シロヤナギの夏

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「なあ、毎日退屈で平凡でいつも何かが足りてない、って思ったりはしねぇか?」  双光学院北側の一角、旧校舎屋上のいつものたまり場で、キセ・タカキが無色のスポーツドリンクのボトルを振りながらきいた。もう日没が近い。巨大な夏の太陽が、はるか西方、タマナ丘陵の向こうに落ちていく。 「何? それ、今、あたしにきいてる?」  ワキサカ・サキは右手を自分の髪にあて、タカキの方に向きなおる。転落防止のフェンスにもたれてサキは、明日の講習のことをひとりで考えていたから、今そのタカキの言葉が自分に向けられたものだったのか、いまいち確信が持てなかったのだ。 「ん、まあ、そうだな。おまえと、あと、そっちで寝てるおまえ。おい、ハルオミ、おまえちゃんと話きいてたか?」  タカキがスニーカーの先で、屋上の床に寝そべる男子生徒の足裏をちょんちょんと蹴った。ウエダ・ハルオミは後ろに組んだ両手を枕に、学院の上に広がる夏の夕空を無心にながめていた。タカキに蹴られて、ハルオミは体を右に反転させ、あくびまじりの声で答えた。 「ああ。いちおうは、聞いてました、けど」 「なんだよ、一応って。聞いてたのか? 聞いてなかったのか?」 「だから。聞いてたってば。ふあ。」  ハルオミが上体を起こし、両手をあげてあくびした。 「退屈とかなんとか、たぶんタカキは言ってたよね?」 「たぶんじゃねぇ。毎日退屈だなって。そう言ったんだよおれは」  タカキは飲料のボトルの尻を高く上げ、残りを一気に飲み干す。そしてスナップをきかせた右手の動きでボトルを遠くに投げ飛ばす。空になったボトルはくるくると回転運動を見せながら綺麗なカーブを描いて、赤一色の視界の下方に消えて行った。 「おーい。こら、タカキくん。ゴミ。投げるのはどうかなぁ。結局誰かが拾うんだぞ?」  ハルオミが気のない声で抗議した。 「うるせぇ。ゴミの1個2個はどうでもいい。ハルオミ、おまえはな、いつもいつも風紀委員みたいないい子のセリフばっかで――」 「『みたいな』じゃなく。おれ実際に風紀委員だし――」 「で? 何? さっきの話の続きは?」  サキがクールに割って入った。そのきっぱりした口調には、男子二人のじゃれあいにつきあうつもりはない、というサキなりの意思表示があった。 「ん。そうだ。話ってのはだな、」  タカキがサキを横目に見かえした。両手でフェンスに体重をかけながら。 「結局なんかさ、同じことの繰り返しじゃん? なんかもう飽きちまったよ。二か月間の夏季休暇? まあ実質、特別講習だかで、おれらこうやって毎日学院に律儀に顔出してるわけだけどさ。けど、これ、夏にやることか? おれら、もっとほかに、なんか今、やるべきことがあったりするんじゃねーの? この大切な十六の夏に?」  タカキはメタル製のフェンスから手をはなし、手のひらについた金属塗装の埃を払った。 「やるべきことって? 何それは? だいたいなんで大切なの、十六の夏が?」  サキの大きな瞳が、きゅっと細まってシャープにタカキを見かえす。シンプルに肩上でカットした髪が、首の動きに合わせて揺れた。 「ったく、わかんねーこと言うよなぁ、サキも。そりゃ、十六の夏って言えば、まず、海だろ。んでから、なんかほら、恋とかさ。遠くの地方への旅とか。あと祭りとか、花火とか。なんか、いろいろあるはずじゃん? 若者が夏にやるべき王道、的な?」 「若者、とか。それ言った時点でなんかすでにジジイみたいよ、タカキは」とサキ。 「タカキはさ、それ、昔の映画とか見すぎだよ。あと本もちょっと読みすぎ」とハルオミ。 「うっせーな。おまえらいちいち全否定すんな。なんか言われるたびにへこむ」 「で、結局なに? タカキは何がやりたいの? いま、この夏に?」  サキが訊いた。やや感情の読みにくい色素の薄い瞳が、タカキをじっと見ている。 「そうそう。もっと短くシンプル言いなよ。結論からさ。タカキはいつもまわりくどいよ」  ハルオミがあくび混じりに同意する。
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