シロヤナギの夏

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「わかった。じゃ、超シンプルに言うぜ」  タカキが両手をフェンスにかけて、沈む夕陽を見ながら言った。 「結論。なあ、どっか遠くに行こう。旅行いこう。二人も一緒につきあえよ」 「え?」「旅行…?」 「ああ。じっと賢く閉じこもってるのはよそう。おれたちいま十六だろ? で、これ、夏じゃん? いまここで何かしなくて、おれらいつ、何かをする? 六十のジジイになるまで待つのか? おまえ、ハルオミ。おまえはジジイになるまで何もせずにここでむなしく寝てるだけかよ? 夏なのに? ふざけんなよ。なあ、だから一緒にどっか行こう。行こうぜ、どっか遠くに」 「何? 遠くってどこに?」  屋上の床にぺたりとすわったまま、ハルオミがタカキに言葉を投げ返す。 「最低でも、あそこに見えてるあの山。タマナ丘陵。あれより先だ。」 「何? そんなに山に登りたい?」とサキ。 「いや、そーじゃなくてさ。あの山向こうにあるっていう、海がみたい。そう、海だ海。おれら写真や映像でしか、海ってみたことないじゃん? いっかい行ってみたくねーか? リアルな海とか?」 「海とか、って気楽に言うけど。普通に考えて行けるわけないよね?」  ハルオミが立ち上がり、タカキの右側に並んで立つ。フェンスに右手をかけ、ギシッとそれをきしませた。 「分離壁の外へ、ってことでしょ? タカキが言うのは。街の外。けどそれは、さすがに無理だ。リスクが高すぎるよ。下手すりゃ逮捕だし、だいたい普通に考えて――」 「だからッ。普通に考えるのをよそうって。おれはさっきから言ってる。こらハルオミ、おめーはそんなに好きかよ? この狭苦しい壁の中? 死ぬまでここで満足か? だいたいな、十代の夏っつったら、そりゃあ、いろいろもっと、」  ハルオミに詰め寄ってさらに何か言おうとしたタカキの顔に、真横からの強風が当たる。おかげで彼は続きの言葉を言えずに終わった。  東からの風が、タカキとサキとハルオミのプラチナグレーの制服の裾を等しくパタパタと揺らし、街の外縁に長くそびえる「分離壁」を軽々と越え、そこからはるか西の大地へひたすらに吹きすぎていく。太陽はもう、視界の果ての丘陵にかくれた。世界は赤の残照だけでなりたっている。すべてが赤い。目にしみるくらいに。 「わたしは賛成だな。キセ・タカキの遠征法案を支持。」  うしろで甘い声がした。  三人以外の、別の誰かの声が。  その声は自信たっぷりで、でもどこか、小さな皮肉な笑いのニュアンスがそこにある。 「え? 何? いま、なんつった?」  タカキが振り向く。風でずれた眼鏡のフレームをもとの位置に戻しながら。  シロヤナギ・ルカが立っていた。  三人と同じ学年に属する十六歳のシロヤナギ。見とれるほどに均整のとれた細身の彼女。さらりと乾いた長い髪が夕風に流れる。本来的には色素の淡いその髪も、どこか皮肉な微笑をたたえた透き通る瞳も、すべてが今、暮れゆく世界の赤に染まって。 「キセ・タカキに賛成。街の外に行こう。この夏の間に。」    あたり前のことを言うように、シロヤナギ・ルカがささやいた。はるかに西の山並みの上の、そのまたかなたへ遠く視線を走らせて。 「旅に出よう。なるだけ遠くまで。いま、ここにいるメンバーで。」
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