291人が本棚に入れています
本棚に追加
/116ページ
「なにをいってるんだ、彩佳はもうここでの仕事は慣れている、一人前なんだよ。君こそ変な嫉妬で私情を挟まないでくれ」
「てめえとふたりきりになんざ!」
「大丈夫です、僕もいます」
田中が元気に胸を叩いた、すっかり大所帯になってしまった大和専属の秘書だが、出雲は笑顔でしかたないといったきりだ。
「午後は僕たち三人は里田物産様へ出かけますけど、僕もいますから心配しないでください!」
「いや、心配だし、俺は!」
「社内では『俺』などとはいわない、『私』です。あなたは午後もみっちり私とふたりきりです」
へ、と剛典は青ざめ秋保を見る、秋保はにこりと、ことさら優しく微笑んだ。
「秘書とは何たるか、しっかり覚えていただきます」
「俺は、元々秘書になりたかったわけじゃ……」
「あなたの事情など知りません、入った以上全力を尽くしなさい」
いわれて剛典は小さくなる、秋保の言葉がいちいち突き刺さってしまう。
「──守るべきものができたのでしょう?」
秋保に優しくいわれ、剛典は頷いた。それは間違いなく彩佳のことだ。これまでたくさん傷つけてきた、その埋め合わせをしなくては。
☆
ふと、大和と秋保がふたりきりになった時があった。
「剛典君はどう?」
大和は笑顔で聞く。
「原石どころかただの小石ですが。まあ田中君と彩佳さんの補助くらいはできるようになるんじゃないんですか」
秋保はなんとも冷たくいう。既に剛典に真実は伝え済みだ。彩佳に剛典を諦めさせるための嘘だったといわれ、怒りつつも納得し、安心していた。
最初のコメントを投稿しよう!