かえす、かえす。

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 ***  そして、放課後。 「まあ、ごめんなさいね、お見舞いなんて」  リカの家に突撃すると、痩せたお母さんが顔を出した。一カ月ほど前にもこの家に来たことはあるし、何度もリカの家にはセナと一緒に来ているのでお互い顔見知りである。だからこそ、少し驚いてしまった。久しぶりに見たリカのお母さんは、随分と顔色が悪いように見えたからだ。まるで、憔悴しているかのような。 「実は、リカったら……部屋にこもりっきりで、全然出てきてくれなくて。なんか変な臭いもするしね」 「変な臭い?」 「獣臭いみたいな臭いがするの。変よね、うち、動物なんて飼ってないのに」 「……?」  とりあえず、声をかけてくるから、と。お母さんは私達が持ってきたお菓子の紙袋を持って、奥へ引っ込んでいった。  獣臭い臭い。その言葉に、セナはちょっとピンと来るものがあったらしい。 「……あのさ、ノマちゃん」  やや硬い声で、セナは言った。 「今日のお昼に話してた……その、迷惑メールのおまじないの話。覚えてる?」 「え?あ、うん。そういやリカちゃんに教えたんだっけ」 「うん。……リカちゃん、家にはいるみたいだし。てっきりまだ試してないと思ってたんだけど……実はそうじゃなかったのかなって。ほら、森のイヌさんってのが文字通り犬なら……獣臭くもなりそう、でしょ?」 「あー」  私は自宅で犬を飼っていないが、おばあちゃんの家には大型犬の雑種がいていつも撫でさせて貰っている。お外犬なので、なかなかに臭い。まあ、それも含めて可愛いと言えば可愛いのだが、森に住んでいるような野生のイヌがいるのならもっと臭いに決まっているだろう。人に飼われている犬のように、シャンプーされるわけでもないのだから。 「でさ、よくよく考えてみたら、あの返信のメールってちょっと怖いのかなって気がしてきて」  セナの声は、どこか震えている。 「“私の全部を差し上げますので、私を異世界に連れていってください”、なんてさ。私の全部って、何を指すのかなって。もし、自分の肉体も、家族も、生活も、ステータスも全部を含めるとしたらさ。……その森のイヌさんって、迎えに来たあとで……その人をどうするのかな、なんて……」  それは一体、どういう意味なのだ。さすがの私も、段々怖くなってきた。そう、セナの言い方はまるで。 「や、やめてよセナちゃん。それじゃまるで、森のイヌさんとやらに、リカちゃんが喰われたみたい、じゃん?しかも」  もし、全部が、本当に全部だというのなら。  本人の肉体を喰って、魂を異世界とやらに転送すれば全て終わりというわけではなくて。 「しかも、そのうち、家族とか友達とかも全部喰われるみたいな……」 「お待たせ」  気配は、なかった。私の声を遮るように、聴きなれた“リカちゃん”の声が真横で響く。  ぎょっとしたように見れば。驚くほど近い場所に、見知った顔が立っていた。 「セナちゃん、ノマちゃん、お見舞いありがとう」  リカの顔をした、その少女は。にいいい、と口を三日月型に開けて笑みを浮かべた。その口元からは、人間にしてはあまりにも大きな犬歯が覗く。そして。 「あたしはもう大丈夫だから、部屋に上がらない?」  そこから漏れた吐息は。  獣の臭いと血の臭いが、明らかに入り混じっていたのだ。
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