わたしのまちの本屋さん

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 この町唯一の書店の主たる親父が死んだのは、俺が二十歳の秋。車で少し走れば、国道沿いに大型書店があるのに、親父の店は人々から愛されていた。当然、葬式は盛大で、町長までが「お父上の本はこの町の全てでした」と言って来たのには仰天した。俺自身は本なぞ糞食らえの精神で、店には全く足踏みしなかったためだ。  だから翌日、お袋から「商売を教えるよ」と言われた時も、面倒としか思わなかった。だがお袋は俺を店に連れていくと、突然レジの真下の地面に作られた扉を開けた。深い穴底から、冷風が吹いてくる。驚く俺に、「執筆者さんは四から五丁目に集まってお暮しだから」とお袋は言った。 「印刷所は二丁目。一丁目には編集さんがいるから、不明な事は聞きな。ああ、間違っても『表』から行くんじゃない。本作りは町の裏稼業だから、地下道を使うんだよ。売り上げは全部、三丁目の経理部に届けるように。――あと」  お袋はじっと俺を見た。 「もちろんこれは、他の町の奴には秘密だよ。この町には皆から愛される本屋さんがある。それでいいんだから」
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