5・再会

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 長谷川範久は小さなバーに居た。滴る結露でコースターはグラスの底にくっついていた。どれくらいの時間が経っただろうか。いや、あるいはほんの数十分だったか。マスターの趣味か、トニックの香りが嫌に強い酒をグッと飲み干した。  「メンツ、ねぇ…」 ひと言零すと、マスターと視線が絡む。グラスを少し上げ催促をした。  「まだ飲むのかい」 マスターは心配そうに長谷川を覗き込む。  「今日は嫌なことがあってね。いや、良すぎたのかもなぁ。それがオジャンになるってのは…うん、今の気持ちはそうだな、絶望に似てるな」 酔っているのは分かっていた。支離滅裂な言葉を適当に吐き捨てる。マスターは放り出された言の葉を拾うわけでもなく、そっとグラスを差し出した。  「これは?」 飲み慣れない酒に長谷川は顔を上げる。同時にツンとフルーティな香りが鼻先を刺激した。  「我が道を進め、と私からの応援だよ」 マスターはグラスを磨きながら微笑む。  「バーボンと角砂糖、スライスしたレモンやオレンジ、砂糖漬けにしたチェリーなんかを入れるんですよね。あぁ、もちろん炭酸も」 突然隣から言葉をかけられ長谷川は驚き振り向く。  「君は……!」  「ですね、こんばんは」 そう言って微笑むのは、昼間駅前で声を掛けてきた胡散臭い青年だった。  「そう、アメリカンウイスキーに拘ってつくるんだよ。それから順番はとても重要だね。アロマチックビターズもお忘れなく」  「さぁ、好みに潰して飲んでくれ」 優しい笑みの奥で感じさせるプロの意志を持ったマスターの声が、角砂糖のように優しく溶け込む。  「どうして君がここにいるんだ?」 長谷川は言われた通り、マドラーで果実を潰しながら、そして心底鬱陶しそうに尋ねる。  「さぁ。それは長谷川さん、貴方自身が僕を必要としていたからでは?」 煙のように本質を得ない受け応えに長谷川は苛立つ。  「あのなぁ、俺は今そんな茶番に付き合ってられる気分じゃないんだ、頼むからあっちに…」  「おい待ってくれ、今、なんて言った?」 長谷川の目が恐怖で曇った。  「ですから、貴方自身が僕を…」  「違う、その前だ。君、俺の名前をどうして知っている?」 青年はまたしても、ただ妖しく微笑むのであった。
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