第1章. 始まり

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〜水の国〜 人口約7万人。 広く澄んだ湖の(ほと)りにある城下町。 湖から半円状に築かれた高い壁が街を囲む。 その半円の中心に、美しい城があった。 「バイゼル様、聖地アムルから、避難民が1000人程来ております」 「聖地も堕ちたか…直ぐに門を開き、怪我人には手当てを。使徒がいたら連れて参れ」 「はい、直ちに」 急いで駆けていく伝令兵。 「王様、これ以上の受け入れは、無理かと…」 王の親衛隊を率いるカザルが告げる。 既に王都には避難民が溢れ、食糧の蓄えも残り少なくなっていた。 「どんな状況であろうと、我が国の民を、見捨てることはできん!」 「父上!」 「リーファン王妃!ご無事で」 剣技に優れた彼女は、聖地アムルを守る為、兵を率いたのであった。 「父上、申し訳ございません。昨夜の襲撃でアムルの神殿は崩壊し、法皇も…」 「リーファン、無事で何よりだ。まずは怪我の手当てを」 「私は、ここにいるカイとハンに護られ、何とか日の出まで…」 聖剣の使者カイ、聖槍のハン。 法皇から授かった神器の使い手である。 その時、バイゼルが気が付いた。 「リーファン、それは何だ?」 布に包まれた丸い物が、運び込まれていた。 「これは、使徒の者達から預かった物で、最初の襲撃の折に神殿に現れ、眩い光で魔物を退けたと聞きました」 「魔物を?」 ハンが布を外すと、それは白い球体であった。 触れると弾力があり、その中は見えない。 「引き取る間際に、あの巨獣の炎に包まれ、使徒達は焼滅しましたが、これは無傷でした」 「不思議なものだな…」 バイゼルが近付いた瞬間。 表面が淡く光り、徐々に球体が消えていった。 「こ、これは⁉️」 膝を抱えて座る、全裸のラブがいた。 腕が解けて倒れるラブを、ハンが抱き止める。 「なんと美しい…」 神秘的な美しさに、我を忘れる。 咄嗟にカイが、包んでいた布をラブに被せた。 「この者を私の寝床へ運べ!」 リーファンが命じ、給仕達が運んで行った。 「伝説に聞く、救世主であれは良いが…女子(おなご)とは…」 治療仕達が3人の傷の手当てを行う。 幸い深傷(ふかで)は無い。 突如現れた巨獣を操る黒の軍団。 国土を隔てて向かいにある魔の森。 黒の軍団は、その森から現れていた。 昼間は現れず、夜の闇の中から現れ、圧倒的な力と数で、次々と周りの街を破壊していた。 平和で豊かであった水の国は、滅亡への一途を辿っていたのである。 隣国には、左に蛮族乍ら力に溢れた地の国。 そして、右に剣技に長けたエルフの風の国。 三国は、互いに干渉しない公約を結んでいた。 夜が明けた。 いつもと変わらない静かな朝。 しかし、壁の外のあちこちから煙が見えた。 「カザル、我が国の兵力は?」 「軽傷者を含めて、約1万かと。敵の数はざっと10万。それにあの火を吐く巨獣。とても(かな)いません。隣国に使者を!」 「三国の公約は絶対だ。しかし何故今、奴らはこの国へ侵略を…」 魔の森に棲む者。 伝説でしか知らない存在であった。 「今夜が最後か…カザル、ここで戦えば民は皆殺しとなる。壁の外で向かえ討つ!ついて来てくれるか?」 「御意。昼の内に、戦闘の準備を整えます」 「民や負傷した者を、1人でも多く船で対岸へ渡すのだ」 と、その時。 「その心…確かに見させてもらいました」 布一枚を(まと)った、ラブがいた。 「目が覚めたのか、良かった」 「大丈夫そうじゃな」 喜ぶ2人を見て微笑む。 「あの町の方達は、得体の知れない私を護ってくださいました。私は…救えなかった」 一筋の涙が、その頬を伝う。 「お前は、いったい何者なのだ…」 「私は、トーイ・イルザ・ラブレシア。訳あって、この世界へ送られました」 「で、では伝説の救世主…」 言いかけて、やめるバイゼル。 「救世主?…それは分かりません。でも、貴方達は必ず私が守ります❗️」 瞬間、息を呑む2人。 目の前に立つラブに、強大な気力を感じ、思いもよらず一歩下がった。 その自分に、驚きを隠せない2人であった。
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