一年半後

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「もう出てくる~?」 バスルームの扉の外からそう声を掛けると、「出るよ~」と慧の声がする。 ざばっとお湯から出る音がして扉が開くと、裸の陽花が出てきた。 気持ち良かったのか、陽花はニコニコ顔だ。バスタオルで拭いて、抱き上げると部屋に連れてくる。 慧はやっぱり、娘に甘々だ。一緒にお風呂に入りたくて、急いで帰ってくる。 パジャマを着せ、髪の毛を拭いていると、身支度をした慧も、タオルを首に掛けたまま出てきた。 「…ん…けぃ」 陽花が慧を指さして言う。 ん…?と言う顔になった慧に、杏里が「今、慧って言ったよ!」と興奮気味に言う。 「うん、言ったよね! そっか、杏里が僕のことを慧って呼んでるから、そういうことになるんだよね」 「じゃあ陽花、この人は?」 慧が陽花を抱き上げて杏里を指さすと、「ぅあん…」と言う。 「なんか、ワンっていうのに近いし、りが言えてない」と杏里は笑った。 ふたりは陽花を抱いてソファに座る。 「親を呼び捨てっていうのもどうなんだろ。やっぱりパパ、ママ、とか呼ばせるべき?」 「そうだねぇ、そうすると僕らもお互いをそう呼ばないとなんだな」 「私は物心ついたころから、お母さんって呼んでたな。おばあちゃんがそう言ってたんだろうね」 「僕は上に兄がいたから、普通に父さん、母さんだった」 そんなことを話しながら、膝に乗せてもらって上機嫌な陽花の頬を撫でる。 陽花は甘えて、慧の胸にくっついた。 一緒に暮していた祖母が、小学4年の時に亡くなり、それ以来杏里は、母が働きに行っている日は家に一人きりだった。 今は隣に慧がいて、陽花がいる。その周りの人たちにも囲まれて、毎日賑やかに過ごしている。 …ささやかだけど、これが幸せっていうんだろうな。 杏里は、慧の肩にそっと凭れた。 慧は杏里を見て微笑むと、額にそっとキスをした。 【end】
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