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人生の先輩
都内にあるマンションから約1時間半、最後のローカル線から降り立った駅前には、小さな噴水があった。
スマホのマップで目的地を確認すると、徒歩3分と出ている。
噴水に沿って作られた道を半円分辿り、信号を渡ると商店街に入って行く。
目的の建物は、車10台分以上の駐車スペースの奥にあり、思ったより大きな構えだった。
店名の前に『スポーツプラザ』とついており、ウインドー越しにシューズやボールなど、さまざまな競技のグッズが並んでいるのが見える。
平日昼間、ということもあり、車は止っていなかったし、自分が訪問することを相手には伝えてあったので、ためらうことなく自動ドアに向かって行った。
店舗に入ると、正面のレジカウンターの辺りには誰もいなくて、右奥のコーナーで長い箱から竹刀を出している男性の背中が見えた。
「こんにちは」
近寄ってそう声を掛けると、その男性は振り向いて「おう、良く来たな」と笑顔で言った。
「それは、中学生用とかですか?」
何となくだけど、ちゃんとしたつくりではなく、練習用の拵えに見えたからだ。
「そうなんだ。このコーナーは中学の部活用」
そう言われて、あたりを見回す。
竹刀の横には防具が置かれ、その横の棚には柔道着がサイズごと畳んで置いてある。
右の壁には、形やサイズの違う卓球のラケットが壁にディスプレイされていて、その下には箱に入ったボールが並んでいる。
反対側にはバレー・バスケ・ソフトボール・野球と、多種多様なボールが一面に並んでいる。
「壮観ですね」
その横には、多種多様なシューズがあり、さらに学校ごとのジャージ、体育館シューズも。
どうやら市内には、複数の中学校があるらしい。
ここがなくなったとしたら、地元の中学はきっと困っただろう。
「学校関係の物は、うちの稼ぎ頭でね」
コの字になったそのコーナーを見渡して、彼は言った。
その人、斎藤さんは以前、杏里の部署の課長だった。
斎藤さんが早期退職したことで席が空き、次の課長が来たことで、いろんな企画に路線変更が迫られることになり、杏里の退職にも繋がっていた。
課長としての斎藤さんは、自分がぐいぐいと引っ張っていく、というより、部下一人ひとりの性格やアイディアを大切にし、それをどのタイミングで外に出せば部署全体の成績が上がるか、と常に考えている人だった。
既存の物の中にも、新しいものを生み出していこう、という気概もあって、全体にそれが浸透していたから、課自体にもまとまりがあった。
「時間あるか? コーヒーでも飲もう」
そう言って、カウンターの奥にある打ち合わせスペース?を指さす。
後を着いていって、4人掛けのテーブルの、椅子のひとつに荷物を置き、白いプラスチックの背当てがついた、アルミフレームの軽い椅子を引き出して座る。
「悪いが、インスタントしかないんだ。どっちがいい?」
そう言って、スティックタイプのコーヒーとカフェオレを1本ずつ持って杏里に聞いた。
カフェオレの方を指さして見せると、了解、と背を向け、自分はコーヒーの方をカップに入れて、電気ポットからお湯を注いでいる。
「そういう格好だと、元の仕事が分からないですね」
薄いグレーのトレーナーにジーンズ、襟元と袖口には青いチェックのシャツが見える。
極めつけは、作業用のような茶色のエプロン?だ。首に掛ける部分と腰で結んでいるのは綿のロープだろう。
陶芸家や、ものをつくる職人さんがしているようなものだ。
半年前まで、きちんとスーツを着てネクタイを締め、都内の会社で中間管理職を務めていた人には見えない。
緩く掻き上げられた半白の髪が、「スポーツショップのおじさん」という印象をさらに持たせている。
「だろう? 自分でもよく似合うと思ってるんだ。このポケットがなかなか優秀なんだよ」
そう言って、ペンの刺さった胸元のポケットを指さす。
片側には、メジャーの端っこが見えている。
シンプルな白いマグカップを両手に持って振り返ると、杏里の前にひとつを置いてくれた。
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