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うどんを口にしながら、杏里はそんなふうに思う。
会えたのは嬉しいけれど、そんな時はすぐ過ぎて、またそれぞれの生活に戻る時間が来る。
せっかく会えたというのに、もうそんなことを考えている自分に呆れてしまう。
「この後のことだけど、どこのお店に行くか決めておかないと。
慧はどんなプレゼントがいい?」
お店を決める、というのは口実で、実際にはどのくらいのものをお願いしていいのか、予測を立てる意味合いもあった。
慧の欲しいものの値段に合うように、自分の候補を3パターンくらい考えていたから。
「あのさ、本当に実用的なものになっちゃうんだけどいい? お互いの気持ちだから、いいよね」
「普段に使ってもらえるものなら、そっちの方が嬉しいよ」
「ありがと。僕、ダウンのベストが欲しいんだ。できればフードのついたやつ。ベストだと、室内でも屋外でも着たままいられるからさ。
あちこち探したんだけど、メンズはどれも大きいんだよね。杏里のお勧めのお店はある?」
「それなら、性別のない服っていうのを売り出してるところがあるよ。
そのシリーズじゃなくても、その店ならコンセプトがそういうスタンスだから、慧が女性のもの見ていても浮かないと思うよ、とりあえず行ってみる?」
そう言って、駅の隣のビルに入っているショップの話をする。
「うん、そうしよう。都内にもそこの系列店はいっぱいあるのに、今まで気づかなかったよ」
「デパートや百貨店でも最近は、紳士と婦人のフロアを分けない店が出てきてるから、きっとこの先は慧の買い物も楽になるよ」
「そうなるといいなあ。僕の身長はもう伸びないからな…。
杏里は何が欲しい?」
「あのね、最近カード決済が増えてきたから、財布が薄くなったの。
それで、ちょっとしたお出かけ用に、スマホと小物が入るような小さいショルダーポーチが流行っているから、それがいいな」
「分かった。どこでも付き合うよ」
慧が服を選んだから、アクセサリーじゃなくてミニバッグにした。
もっと頻繁に会えていたら、こんな時、サプライズでプレゼントを贈ることもできるのにね。
「それでね、今回のデートは、ホテル代も食事やお茶代も半分こにしよう?」
「ホテルの部屋代は、もうカードで払っちゃったよ?」
「だからその分も後で清算しよう。私、予備のお財布持ってきたから、とりあえず同じ額出し合って、食事やお茶はそこから払おうよ、ね」
何となく、慧が払ってくれる時が多くて、いつも気になっていたから、今回は最初からそう言ってみる。
同じ年なんだから、どっちかの負担が重くなるのはおかしいような気がしていた。
「杏里はその方がいいんだね。ホテルの部屋は勝手に決めちゃったけど、いいのかな?」
「もちろん。まさかスイートルームとかじゃないよね」
「スイートではないよ」
何となく、その言い方に含みがあるように思ったけど、後のお楽しみに聞かないことにする。
席を立つとレジでお金を支払い、外へと出る。
杏里は先に立って、さっき話していたお店へと向かう。
百貨店のテナントに入っているその店は、入り口付近にシーズンのお勧め服が並んでいた。
ダウンベストは、スタンドカラーのものはあったけど、フードのついたものはなかった。
「どうしようか? 他のお店でフード付きを探すか、このお店の品質を取るかだけど」
「そうだね、まだ時間もあるし、他のお店も見てみない?」
「そうしよう。私の欲しいものも他のところにいかないとだから」
そう話しながら店内を見て回る。
「これ可愛い。でも僕がすると本当に子どもに見えちゃうかな」
慧が見ているのは、子ども服のコーナーにあった動物の顔が編み込まれたマフラー? ネックウォーマー?
首にひと巻きして、片方の真ん中に通す形の短いものだ。
グレーの地に白いクマの顔が浮かんでいる。
品物の選択基準が「可愛い」っていうのは、慧ならではだな、と思う。
「そういうものを選ぶ慧が可愛いよ」と思わず笑ってしまった。
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