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そうかな、という顔をして、しばらく悩んだ後、慧は「ちょっと保留」と言って、他の方へ歩き出した。
「これいいねえ。こういうの自分の家に欲しい」
慧がそう言う先には、素敵なモスグリーンのソファがあった。
「いいね、前のマンションは狭くて、こういう素敵なのを置く余裕はなかったな」
インテリアコーナーには他にも、木のテーブルに向かい合う椅子のセットや、カウンター、シェルフなどが並んでいる。
「実家を出るって、こういうのを自分で選べることになるんだ。杏里はどうだった?」
「慧、私のアパートに来たでしょ? ロフトがあったからベッドもいらなかったし、リビングは狭くてローテーブルにビーズクッションを置いたら、それで他に何も置けなかったよ」
ひとり暮らしも長くなると、女子っぽい可愛いものが好きだった時期は過ぎて、最近は部屋も落ち着いた色合いに様変わりしていた。
引っ越す時には物を減らしていたから、今は母が使っていたものを、そのまま使っている。
「慧の部屋はシンプルで素敵だったよ。あれは自分で選んだんじゃなかったの?」
「あそこに引っ越したとき、僕いなかったからさ。帰ったらもうああなってた。多分、他の部屋と同じテイストにしたんだろうね」
「そうなんだ」
「別に嫌いじゃないんだけど、実家にいると何か、いつまで経っても子どものような気がするよ」
そう言って、ちょっと不満そうな顔をする。
…このまま慧と付き合っていたら、あの家に住むことになるのかな?
一度だけ行ったことのある慧の実家。
マンションだけど結構広かったから、親御さんは息子夫婦が同居してもいい前提で選んだんじゃないのかな?
そんな話をしてもいい段階なのかどうなのか、杏里には判断ができなかった。
だから話を変える。
「ね、あっちに行ってみよう?」
慧の腕を取ると、食品コーナーへと足を向けた。
* * *
「サプライズもいいけど、こうやって一緒に選ぶのって楽しいね。
それに、杏里がどんな基準で買い物するのか、何となく分かって良かったよ」
駅に近いショッピングセンターのカフェに入ったのは、夕方4時を過ぎていた。
慧が、夕食は予約してあるから、と言うので、お互いにコーヒーだけにして、付いてきた小袋入りのナッツを摘まんでいる。
「そう? 無意識だったけど」
今の職場では、ジャージに近い仕事服を支給されているので、最近着る物をあまり買っていなかった。
それで、試着しないと買えないワイドパンツや、身体にぴったりのサイズ感を選びたいフリースベストなんかを買っていた。
「色はどちらかというとアースカラーで、形はシンプル。
だから大人っぽいものが多いけど、ちょっとだけ甘さがあるのが好きだよね。差し色があったり、紐を結ぶとさりげなくリポンになったり」
「言われてみればそうだね。やっぱりコーディネートしやすいもの、って思うと、結局アースカラーって万能だから選びがちなんだけど、それだけじゃつまらないなって思ったり」
「だから、バッグははっきりした色にしたんだね」
彼がプレゼントしてくれたバッグは、ボルドーの濃い色を選んだ。
その後、慧が「バッグだけだと予算の額にしてみたら少なすぎる」と言い出して、同系色のショールも買ってくれた。
深い紫のしっかりした生地で、端はフリンジになっている。
棚に並んでいた時から、良い色だな、自分で買おうかな、と見ていたら、彼がそう言いだして譲らなかったので、結局甘えることにした。
慧には、婦人服のお店で黒のダウンベストを買った。
裏地にオシャレな模様が入っている。フードの内側にそれがチラ見えする感じだ。
「そろそろ荷物持ってホテルに行こうか?」
「そうだね。一度駅に戻らないとだね」
そう言い合って、駅のロッカーから荷物を出し、慧は杏里の手を取って歩き出す。
まだ、どこのホテルなのか教えてもらってなかった。
この近くなのかな、と思っていたら、慧は駅構内の、あるエレベーターの前で足を止める。
「えっ、ここ?」
ボタンを押す慧にそう聞くと、「そう、今日はこの上のホテルにしたんだ」と笑顔で言った。
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