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「なんか、凄すぎて言葉が出ないね」
慧が予約してくれた夕食というのは、最上階のラウンジで食べるフルコースだった。
まだ人の少ない平日の夜だからか、お客さんは皆、広く開いた窓際の席に離れて座っていた。
一面の夜景を見下ろせる席に案内されると、杏里も、窓の外を見ながら思わず顔をほころばせてしまう。
宿泊する部屋でさえ、ずっと見ていられるくらい綺麗だったのに、この高さになると、一つひとつの灯りが溶け合って見える。
「クリスマスだからね。特別な夜にしたいと思って」
向かいの席に座った慧がそう言う。
料理が来る前に、ウエイターさんが細長いグラスを持って現れた。
テーブルの上にそれを並べて置くと、右手のボトルから液体を注ぐ。
透き通った金色のそれは、炭酸の泡を生み出すシャンパンだった。
「乾杯」
慧がグラスの細い首を持って杏里を誘うから、同じように合わせてみた。
グラスを微かに触れさせ、顔を見合わせて微笑むと口を付ける。
続いて前菜の、魚介がふんだんに盛り込まれたサラダが運ばれてきて、とっておきのディナーが始まった。
* * *
「実は今日、心に決めてきたことがあるんだ」
それまでの穏やかな口調から一変して、慧がそう切り出したのは、食後のデザートとコーヒーを待っているときだった。
シャンパンの後は、軽めの白ワインを飲みながらのディナーだったから、多分それほど酔ってはいなかったと思う。
何のこと?と、ちょっと首を傾げて聞いてみる。
「僕、この辺りのホテルに就職しようと思う」
えっ、と思わず声に出てしまった。
「どういうこと?」
「ちゃんと落ち着いた仕事について、この辺りに住むところ探す。もっと杏里と一緒にいたいから」
「…それって、今のスタイルを変えるってこと?」
「そう。今みたいにあちこち出歩いていたら、なかなか杏里と会えないし、実家にいると気軽に来てもらえないし。いろいろ考えてみたけど、それが一番良い方法かなって」
「そうなの…」
そんなこと、考えていたなんて思ってもみなかった。
「付き合い始めたときは、ネットもあるし、離れていてもどうにでもなると思ってた。
実際、毎日連絡し合ったり、時々ネット越しに顔は見てるけど、なんかこれだと、いつまで経っても先に進めない気がして」
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