一歩先に

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慧はちょっと考え込んでいる。 「それに、もしかしたらだけど、お義姉さんが本格的に日本で小柄さんの服を販売しようと思うなら、そういう仕事をさせてもらうのって面白そうって思うんだ。  それだけで一人分の収入がなくてもいいでしょ? 慧みたいにいろんな仕事をしながら一人分にするって考え方、最近分かるようになってきたから」 「杏里はそれでいいの? 仕事も住むところも両方変えることになるかもしれないんだよ?」 そうかもだけど、でもさっきの慧の話は、全面的に自分が寄ってくる、というやり方だ。 「慧だけが全部を変えて、私に合わせてくれるのって賛成できないよ。  だったら、私も慧もお互いに歩み寄って、二人が一番いい形にしていかなくちゃって思うんだ」 そういうと慧は、ぱっと顔が明るくなって、笑顔になった。 椅子から立ち上がって、杏里に近づくと、屈んで肩ごと抱きしめた。 「…ありがとう、杏里」 慧がそうしたことで、彼はこれまでかなり悩んでいたんじゃないかな、と思った。 そのことに気づけなかった自分に、ちょっと腹が立ったけど、これから挽回しなくちゃって思う。 杏里は立ち上がると、慧の背中に両腕を伸ばした。 「私の方こそ、真剣にいろいろ考えてくれてありがとう。  これから先のことは、ふたりで一緒に決めていこ? ね」 そうやってお互いの肩に頭を乗せて、しばらく抱きしめ合った。 当たり前のことだけど、現実に慧の存在を感じると、この感触を失いたくない、と思う。 身体を離すと、一瞬見つめ合ってから、自然な感じでお互いに顔を寄せた。 柔らかく触れた唇は、何度も触れあって、二人の世界を作っていく。 「今度泊まる時は、ベッドはひとつでいいよ」 今回もダブルの部屋を選んでいたのは、慧のいろんな思いを代弁している。 杏里がそう言うと、彼はちょっと照れくさそうな顔になった。 ベッドに行こう、と目で誘うと、彼も頷いて身体を離した。 上に来ていたカーディガンを脱いでいると、慧はひとつのベッドの脇から上に乗って、なぜか正座をする。 杏里もおかしくなって、同じように反対側からベッドに登ると、向かい合って正座をした。 「よろしく…お願いします」 慧がちょっとおどけてそう言うから、杏里も笑ってしまって一緒に頭を下げた。 杏里は、腿の上に置かれた慧の両手を取ると、顔を近づけてキスをする。 何度かキスをしながら、彼の夜着の紐を解いて肩から外した。 彼の手を引き寄せ、自分のも同じようにさせる。 「慧、愛してる」 お互いの上半身に何もなくなったとき、杏里はそう囁いた。 彼の手が一瞬止まったと思ったら、ぎゅっと抱き寄せられた。 「僕も…。僕も愛してる…杏里」 そう告げた唇が彼女に触れたと思うと、ふたりの身体はゆっくりとベッドに倒れていく。 静かな部屋の中に、オルゴールの音源だけが微かに流れていた。
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