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その日、杏里は久しぶりに名古屋駅から新幹線に乗った。 パートで働いている職場のシフトを上手に使って、2泊3日を確保してある。 クリスマスを一緒に過ごした時、誕生日の前後にこっちへおいで、と慧が誘ってくれた。 でも、予定していた1月末の誕生日前後には、一緒に働いているパートさんのお子さんたちが、相次いでインフルエンザにかかり、代わりに出勤してたから、結局、2月も後半になった今頃、やっと予定を実行に移すことができた。 今回の一番の目的は、彼のお父さんが支配人をしているホテルに、ブライダルの相談に行くこと。 そして、慧が彼女の誕生日をお祝いしてくれることになっている。 「さすがに自分の職場へ泊めるのは恥ずかしいからさ、良さそうなホテルを探しておくよ」 慧はそう言って、杏里が着くのを駅で待っていてくれる。 杏里が働いているところは、スポーツジムの受付で、一緒に働いている女性3人とシフトで、カウンターに立ったり、裏で事務仕事をしたりとそれなりに忙しい。 そして、時給で働く、ということはどういうことか、という体験もしている。 前職に比べれば収入は減っているけど、目の前にある仕事をこなしていけばいいという働き方は気楽だ。 ただ、ずっとこれが続く、と思うとやはり少し物足りなさも感じていた。 一緒に働いている人は、保育園児や小中学生のお子さんを持つママさんだ。 多分、そういう環境にいる人には、こういう働き方がきっと合っているんだろうな、と思う。 それで、杏里のシフトは自然に土日が多くなった。 求職中は、前職がそうだったので、何となく週5日の平日の仕事を探していた。 でも、こんなふうに平日が休みなのが当たり前になると、どうして土日休みにこだわっていたんだろう、と思う。 慧は相変わらず実家暮らしで、自分の仕事をこなしながら、空いた日はお父さんが支配人をしているホテルに出ている。 どちらにしても、平日休みのことが多いから、杏里も土日に出勤するのは気にならなかった。 少しずつ、結婚に向けて動き出してはいるものの、相変わらず遠距離恋愛は続いている。 クリスマスデートの時、慧が自分の生活を大きく変えて、杏里のところへ来ようとしていたのを止めるために、結婚式のことを持ち出した。 でも、結果としてそれが、自分の意識を変えることにもなった。 仕事を決めるのと同じように、結婚やその後の生活に、決まった形なんてないのだ。 順番がどうとか、一緒に住んでないと…とか、ありがたいことに誰にも強制されていないのに、勝手に『こうあるべき』に自分をはめ込んでいたんだな、と今は思う。 慧とは、まだ一緒に暮らしたことがないので、実際のところ、フリーランスの彼の仕事がどんなふうなのか、杏里は想像できていないところもあるけど、何より彼が、彼らしく、前向きにイキイキと働いているのを見ると、特に不安を感じることもなかった。 お互い自立した同士が、一緒にいたいと思ってする結婚。 とても純粋な結婚のように感じられる。 …別にそれを狙っている訳ではないんだけど。 なぜならそれは、お互いを思いやり、努力を続けていかなければ成立しない関係だからだ。
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