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「実はさ、いつもアイディアもらってた義姉(ねえ)さんのショップが、日本での販売を本格的に始めることになってね、倉庫兼事務所を作るんだって。僕も手伝ってって言われてる」 「そうなの? どんなお店?」 「前から日本向けにネットショップやりたがっていたんだけど、子ども服は結構、競合があるんだよね。韓国とか?  それでとりあえず、杏里が言っていた大人の小柄の人専門ショップにするんだって。  あまり大きくしないで、在庫を作った分だけ売るみたいな?」 「いいね、小柄ってどのくらいの?」 「145~165くらいかな。ものによって差はあると思うけど」 最初、慧と会った時、彼は袖のふっくらしたブラウスを着ていた。 襟と袖に燕の刺繍が入った素敵なものだったので、てっきり女の子だと思ったんだ。 身長162センチの彼は、少年のような体系なので、子ども服そのままでも着ることができたけど、大人女子の場合はそういう訳にはいかない。 胸や背中、お尻や腿にもゆとりが必要だし、そうしたことで太って見えるのも避けたい。 それで、杏里よりさらに小柄な親友の恵麻(えま)と、お義姉さんが送ってくれた服を試着して、いろいろな我儘を言わせてもらった。 慧がその時着ていたブラウスは、今、杏里のクローゼットの中にある。 慧が、杏里が履いていたダメージジーンズを欲しがったから、交換したのだ。 「買いたいものは何? どこに行くか決めようか」 食後のお茶を飲みながら慧がそういう。 杏里は頷いて、「多分、デパートとかに行けばあると思うんだけど…」とスマホの画面を見せる。 それは、ガラス製の小さな雛飾りだった。 薄い台の上に、勺が彫り込まれた男雛と扇を持つ女雛だけの飾りが置かれている。 二人だけだけど、両側にはぼんぼりが、背面には金の屏風が置かれている。 「お母さんにね、こういうの買ってあげたいの。  自分のはもう、ずいぶん前に処分しちゃったんだって。  いつも私のを出してくれる時、今時のお雛飾りが欲しいな、って言ってたから」 本格的な雛飾りでなく、シーズンになるとお店のカウンターに乗せられているような、マンションの玄関で訪れる人の目を楽しませるような、ディスプレイ用の小さなお雛様だ。
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