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その後、二人で駅の周りのデパートを回り、杏里のイメージと予算にあったものを購入する。
掌に乗るくらいの透明なガラス製で、顔は白、冠は金色に着色され、着物の部分に男雛には松、女雛には桜の絵が描かれている。
小ぶりだけど、毛氈と金屏風、ぼんぼりのついた素敵なものだ。
売り場には似たような形で、素材もいろいろなものがあったが、杏里は以前からガラス製のものに決めていた。
一度、母の住む診療所に行ったことがあったから、そこのイメージに合うものを選んだつもりだった。
その場で配達の手続きもして、とりあえず気が済んだ杏里は、「甘いものが食べたい」と言い出した。
エレベーターでレストランの階に上がると、壁の掲示を見ながらカフェに入る。
期間限定のコーヒーと、イチゴのタルトと日向夏のモンブランをそれぞれオーダーする。
テーブルに座ると、杏里はほっと息を付いた。
「この後はホテルに行かない? 久しぶりによく歩いたから、のんびりしたい」
「うん、分かった」
それでちょっと杏里は小声になって「部屋はツイン? ダブル? シングルってことはないよね?」と、いたずらっぽい顔で聞いた。
ちょうどその時、お店の人がオーダーしたものを運んできてくれ、話が途切れる。
テーブルにコーヒーとケーキを置いて、「ごゆっくりどうぞ」とお店の人が遠ざかると、慧がちょっとはにかんで言った。
「…一応、ダブルにしておいた。けど僕は帰れる距離だから、どっちでもいいよ。泊ってもそうじゃなくても」
「え~っ」と杏里は言って、「今日は夜通し枕投げじゃないの?」とおどけた顔をする。
慧も思わず笑顔になって、「分かった」と答えた。
「いっぱい話したいことあるよ…」
杏里のケーキは、タルト生地の上に、ドレスのフリルのようなクリームが重なり、上にイチゴが乗っている。
そのフリルをフォークですくい、口に入れると、甘酸っぱい春の味がした。
「うん、そうだね」と慧が言って、二人は顔を見合わせて微笑んだ。
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